エマをもつむすめ

ぴょん

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子供の翼を切るおかあさん

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「その翼じゃ、難儀な旅だったでしょ」
ヨーデがなれなれしくヨンジンにぐいと顔を近づけて聞くので、私は叱りつけようとしたけど我慢した。怖いオバサンだとヨンジンに思われたくなかったからね。

「パパに聞いてたより、ずっと時間がかかりました。卵祭りが終わってなくてよかった」
最後はぽつりと独り言のように言う。
「パパって誰だい」
私が聞いた。
「俺たちにいろいろ教えてくれた人です」
「変わった名前だね」
私が言うと、ヨンジンはほほえんで、
「本名じゃありません。故郷の言葉で『先生』っていう意味なんです」
と言った。私はその笑顔にまた見とれた。

卵から孵ったばかりの子供はみんな小さな翼が生えているが、幼いうちに羽根が抜けてしまうのがほとんどだ。羽根が抜ける時は大変な苦しみようで、おかあさんは幾晩も付ききりで世話をする。それでも命を落としてしまう子が大半だ。
「こんなに苦しんだ挙句死んでしまうなら、何のために育ててきたんだろう」
と何度も思ったよ。おかあさんなら誰でも同じ思いだろうね。

いつまでもそばに置いておきたくて、そうでなければ苦しむ姿を見るのが厭で、子供の翼を自分で切り落としてしまうおかあさんもいる。翼をもつ者ラ・ズーは気ままで言うことを聞かないし、親のもとを巣立ったらもう帰ってこない。おまけに体が弱くてすぐ死ぬときている。早いところ翼を切ってしまって、翼をもたぬ者ノル・ズーとして育てたいとおかあさんが思っても無理はない。
本当は、羽根が抜けるかどうかなんて、自然に任せるのが一番なんだけどね。

こう言う私も一度だけ子供の翼を切ったことがある。

あの時は私も若かったんだ。上の子供を亡くしたばかりでね。
あの子が雨にうたれて熱を出した時、また死ぬんじゃないかって怖くなった。
かわいくて賢い子で、とても愛してたから、ずっとそばに置いておきたかったんだ。
あの子は命はとりとめたけど、結局大きくなってから私の群れを離れた。
私は引き止められなかった。翼を切ってしまったことに、ずっと罪悪感があったから……。

翼をもったまま大きくなった子は、やがて群れを離れてしまう。集団で暮らすのが息苦しくなるんだね。

羽根が抜けても死ななかった子は、翼をもたぬ者として生きていく。両翼を根元から切り取られた子供も同じだ。バッサリと根元から両翼を切り取ってしまうと、その子はだんだんにエマも失い、ノル・ズーとして生きていくことになる。自然にノル・ズーになった子と違って、こういう子は自分の中にいびつな部分を抱えている。翼をもつ者の心を持ったまま、空を飛べなくなるのだから……。

翼がかなり黒っぽくなるまで群れにいた子もいたけれど、ある朝目覚めたら姿を消していた。どこかへ飛んで行ったんだろう。それきり会っていないから、どこへ行ったかは知らない。翼をもつ者ラ・ズーは恋を求めて世界の空を旅するものだと聞いた。ずいぶん前にもらった卵。
私たち翼をもたぬ者ノル・ズーはとても長く生きるので、年なんか数える習慣はない。今か、昔か、ずっと昔。そうでなければ未来ってわけさ。

「ラ・ズーのくせに、卵が欲しいの?」
ヨーデがからかうように言う。
「卵を抱えて空が飛べる? 空を飛びながら育てる気なの?」
「卵を抱えて飛ぶことはできますよ。布で翼の付け根にしっかりくくりつければ、割れにくいし両手も自由になる。壊れやすい物はそうやって運ぶんです」

私はヨンジンにクンツツとジュルダを一切れずつやった。やせこけて何日も食べていないように見えたけど、そういう時はいっぺんに食べさせるとお腹を壊すからね。ヨンジンは手を振って断る仕草をして、
「お金を持ってないんです」
と言った。
「お金なんか要らないよ。私らニム湖の物売りの間では、その日最初のお客がラ・ズーだと、それこそ翼が生えたように売れて縁起がいいと言われてるんだ」
けれどヨンジンは結局ほとんど手を付けなかった。ジュルダやクンツツを食べるのが初めてで、気味悪かったのかもしれないね。ヨンジンの言葉には、少し南部のなまりがあった。ほら、あの辺はすごい田舎だろう? よその地方の食べ物なんて、食べたことがないのかもしれないね。

「南部から来たのかい?」
ヨンジンはうなずいた。
「これ、故郷で取れた実なんですけど、お礼に……」
差し出された物を見て、私は驚いた。

なんと、エマニの実じゃないか!

本物を見たのは初めてだった。でもツンガの図柄ではしょっちゅうお目にかかってた。豊穣を意味する実だからね。長い莢に収まった濃い紫色の実は間違いなくエマニの実だった。
私はこれでも、ちょっとは物を知ってるんだ。人より長く生きてきたし、何にでも首を突っ込むたちだからね。エマニの実なんて、絶対に私たちの口には入らない。売れば大金になるだろうけど、ろくろく食べずに旅をしてきた田舎者から、わずかな食物と引き換えに巻き上げることなんてできなかった。だますみたいで気が引けるじゃないか。

「それはみんなおとうさまに献上しなくちゃいけないきまりだ。お城へ持ってお行きよ。きっとたくさん褒美がもらえるから」
「おとうさまって誰ですか」
とヨンジンが言った。
「本当に何も知らないんだね」
私はあきれてかぶりを振った。
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