エマをもつむすめ

ぴょん

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あの年の卵祭り

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あの年。

クデカの都は卵祭りの準備でにぎわっていた。

お前も知っているように、卵祭りは翼をもたぬ者ノル・ズーの祭りだ。

一年に一度、ノル・ズーたちは、はるかな道をものともせずに、卵を求めて集まってくる。
あらゆる地方の言葉が飛び交って、そりゃあにぎやかなものさ。
真っ赤なトイ(一枚の大きな布で体をすっぽりとくるむ西部山岳地帯の民族衣装)に身を包んだ若いむすめの前に、山と積まれたカデの実の鈍い金色。
胸と腰に光沢のあるツンハ(ハの木の繊維で作った織物)を巻いた年寄りの商うトルニ川産のカジグー(トゲシロ科の淡水魚)は、今にも牙をむきそうだ。

もう何日もそこで商っている者もいた。
ノル・ズーたちの暮らしは楽ではない。
祭りだからって、都までわざわざ出てきて、卵だけもらって帰るわけにはいかないのさ。
卵がもしもらえなければ、とんだ骨折り損ってことになるしね。

持ってきた品物をあらかた売りつくしてしまって、いいかげん帰りたがっているノル・ズーもいた。
けれど肝心の卵がまだだったからね。
もう祭りの花火もみんな揚がってしまったのに、まだ卵が落ちてこなかったんだ。

前の年もそうだった。その前の年もそうだった。卵の産まれるのが、だんだん遅くなってきていたんだ。
それに、卵の質も悪くなっていた。せっかくもらった卵を一年かけてあっためた挙句、腐ってて孵らなかったなんてこともあった。
私のむすめは二回続けてそんな卵が当たって、とうとう気がふれてニム湖に身を投げてしまった。そんなノル・ズーがいくらもいたんだよ。

私らはその日、沿道の木蔭に場所を取って、売り物の準備を始めたところだった。
暑い日でね! 頭からすっぽりトイをかぶっても、じりじり焼けてくるのが分かるんだ。
だからあの大きなイトリの木が枝を伸ばしてるのを見つけた時は、ほんとに救われたよ。
で、そこにすぐツンガ(ガの木の繊維で作った目の粗い織物)を広げて、簡単な屋台を組み立てると、ジュルダ(トカゲヒルの干物)やら、クンツツ(ウミウシガエルの腸詰め)やらを取り出して並べた。

そこへ、ドサッ!と落ちてきたのさ。
翼をもつ者ラ・ズーだよ。ほんとに、生きてきてあんなにびっくりしたことはない。
私はクンツツのいっぱい入った重い鍋を抱えてたから、危うくひっくり返すところだった。
そこらに陣取って店を出してた女たちも、珍しそうに首を伸ばしてた。

そのラ・ズーは、ひどく弱っているようだった。
わけを聞くのは後回しにして、私らはラ・ズーを木蔭に寝かせて、あぶったジュルダの煮出し汁を口に入れてやった。
お前も知っているだろう? ジュルダはとても栄養があるのさ。
まもなくラ・ズーは気がついて、私らに礼を言って飛んで行こうとした。けれどうまく飛べないらしかった。左の翼だけが真っ白で、右の翼は漆黒だった。白いほうの左の翼は中ほどからバッサリ断ち切られたようになっていた。こんな翼は見たことがなかった。

ラ・ズーの羽根は生まれつきは白く、6歳くらいまでに生えそろって大人と同じ大きさになる。そのあとは徐々に抜け替わって黒くなっていく。きっと黒くなる前に断ち切られてしまったもんで、左の翼だけ成長が止まってしまったんだね。

「その翼はどうしたんだい」
私が聞くと、ラ・ズーははにかんだように、きれいな目を伏せてこう言った。
「古傷なんです、大丈夫。ずっと飛んできたから疲れただけです」

自分の変わった羽根が恥ずかしいのかもしれないね。気性が荒いと言われるラ・ズーにしては、おとなしくて内気そうだった。砂色の髪をしたとても美しいラ・ズーで、靄のかかったような淡い灰色の瞳が神秘的で、私はうっとりしてしまった。彼を喜ばせるためなら何でもしてやりたいと思わせるような魅力が、そのラ・ズーにはあったんだ。

「疲れているんだろう、少し休んでお行きよ」
私は言った。
少しでも彼をそばに引き留めておきたかったし、何よりもとても弱っていて、そのまま行かせるのが心配だった。
翼をもつ者は弱いってことは、何度もラ・ズーを育ててきた私にはよく分かってる。

飛び始めの頃、にわか雨に打たれて、私の目の前で地面に落ちた子もいた。
慌てて小屋に連れて帰ったけど、幾日か熱にうなされたあとあっけなく息を引き取ってしまった。
あの子の名前はゼダといった。いや、ゲダだったっけ。数えきれないほど卵を育ててきたから、もう忘れてしまった。はるか昔にもらった卵。

「ありがとう」
ラ・ズーはかすかにほほえんだ。私はすっかりうれしくなって、彼の体を冷やすために大急ぎで水を汲みに行った。そばを離れている間にどこかへ行ってしまわないかと心配だったけど、戻ってみるとラ・ズーはまださっきの場所にぐったりと身を横たえていた。
ニム湖から一緒に旅をしてきたヨーデが私の敷いたツンガの上に座って、ラ・ズーの世話を焼いていた。ヨーデは私のもらった卵から生まれた、つまり私のむすめだ。たくさんの卵を育ててきた私だけれど、ある者はイザリ虫に食われ、ある者は崖から落ちて死に、ある者は成長して巣立っていって、今一緒に暮らしているのはこのヨーデだけだった。
もっとも、一緒に暮らしているのはむすめのヨーデだけじゃない。私たちを含めて10人余りの仲間だ。子供たちの世話をしたり、ヒルやカエルを獲ったりするのにはそのくらい人数がいたほうが都合がいい。クデカの都まで一緒に旅をしてきたのもこの仲間たちだったけど、屋台は4カ所に分けて帰りにまた落ち合うことにしていた。みんなが同じ場所で売るより儲かるからね。

「売り物の準備をしないのかい」
「あら、おかあさん、戻ってきたの。ちょっとこのラ・ズーを介抱してただけよ、いいじゃないの」
そう言ってヨーデはラ・ズーの方に向き直り、
「あんた、名前は何ていうの」
と聞いた。ヨーデもこのラ・ズーに興味津々らしい。無理もなかった。私でさえ大人のラ・ズーと商売以外でしゃべったのは初めてだった。

「ヨンジンといいます」
片羽のラ・ズーは礼儀正しく答えた。
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