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第二章「セントエクリーガ城下町」

第三十一話「痴れ」

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「ケイ、そろそろ行くよ?」

 何もせずにボーっとしていると、いつの間にか9時を迎えようとしていた。

「うん!」

 ケイはパラパラとめくっていた役所で貰ったテキストを放り出し、なにも入っていないリュックサックを背負う。

 持ってくるように言われた物は特にないので、俺はスーツの内ポケットにある財布に登録証を入れ、念のため地図をズボンのポケットに入れてケイと一緒に部屋を出た。

「<貧者の袋>」

 俺は鍵を閉めた後、<貧者の袋>の中に入っている財布の中に部屋の鍵を入れる。

 やはり、マトリョーシカ方式で物を入れられるのは便利だ。

「……アクティベイト」
「このこと誰にも言ってないよね?」

 俺はスキルボードを見せながらケイに確認をとる。

 本当はケイにもこの力を隠していたかったのだが、既に見られているので隠すのは諦めている。
 だが他の人に知られては困る。

 念は押しといたほうがいいだろう。

「それなぁに?」

 ケイはキョトンとした顔で首を傾げた。

 まるで初めてコレを見たかのように。

「……ステイ」
「とにかく誰にも秘密ね!」

 俺は慌ててスキルボードを閉じて何とか誤魔化した。

 ……思っていた反応と全く違う
 確かにあの夜ケイの前でスキルボードを開いたが、あの時ケイは俺の背中に顔をうずめていたような気もする。

「ふーん……」
「それってヒナコちゃんにも?」

 ケイの誰にもに、ヒナコは入っていないらしい。

「そう!」

 余計なことをするんじゃなかった。

「……わかった!」

 ケイは返事をし足早に階段を下りていった。

 俺はケイの一瞬、間を置いてからの元気な返事に少し不安を覚える。
 変な悪知恵を凝らしていないといいのだが……


 ケイの後を追って階段を降りると足音に気づいたヒナコが見送りに出てきてくれてた。

「トイレ行ってくる!」

 俺が靴を履こうと段差に腰かけると、ケイは階段の下にあるトイレに駆け込んでいった。

 再びヒナコと二人になったが、やはりトキメキは感じない。

「アレンはトイレ行かなくていいの?」

 万年実家暮らしだった俺よりかはヒナコはしっかりしていると思うが、年下のヒナコが俺に向かってお母さん発言をするのは少し違和感がある。

「……俺はアイドルだからね」

 この世界にアイドルという概念があるのか賭けだったが、とりあえず言ってみた。

 ヒナコなら分からなくても笑ってくれるだろう。

「ふふ……なにそれ」

 通じたのかは分からないが、とりあえず笑ってくれたので良かった。

 ヒナコの性格もなんとなく分かってきた。

「そういえば、アレンのその指輪ってどうしたの?」
「貰いもの?」

 ヒナコは俺の左手を指差す。

 確かに19歳の男が緑の宝石がついた指輪なんてつけているのは不自然に感じるだろう。
 とはいえ、この指輪の全てを話すわけにもいかない。

 俺は靴を履きながら時間を稼ぐ。

「……うーん、貰い物だよ」

 間違った事は言っていない。

 それはそうと、この指輪は早急に隠した方がよさそうだ。
 オムさんから貰ったグローブは、ウォロ村に置いてきてしまったので予定に追加しておこう。

「ふーん、そっか」

 ヒナコがそう言った時、奥に見えるトイレからケイが飛び出してきた。

 これ以上ヒナコを誤魔化せる自信がなかったのでケイに靴を履くよう急がせる。


「それじゃあ行ってきます」

 俺はケイが靴を履き終わる前に玄関の引き戸を開け外に出た。

「行ってらっしゃい!」
「12時にレゼンタックね!」

 ヒナコは大きく手を振って見送ってくれる。

「行ってきまーす!」

 ケイは靴を履き終わると勢いよく立ち上がり、外に飛び出した。

 この辺りでは車なんて走っていないから飛び出しても注意するまでではないだろう。


 俺はヒナコに手を軽く振ってから引き戸を閉め、レゼンタックの方向に足を進めた。
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