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第二章「セントエクリーガ城下町」

第一話「壁」

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 俺はケイを背負い、胸の痛みを感じながらも走っては休み、走っては休みを繰り返し続けた。


 日が昇る頃には森を抜け、雨もすっかり止んでいた。

 遥か先には明らかな人工物が霧の向こうに微かに見える。


 もぞもぞもぞ

 背中から布を擦り合わせる音が聞こえる。
 
 どうやらこの冷たい風でケイが目を覚ましたようだ。


「……ケイ」
「どこに向かえばいいの?」

 オムさんに言われた通り川沿いをひたすら下っていたが、昨日のバタバタでケイから目的地の位置情報をまだ聞いていない。
 だが目の前には目的地と思われるでかい建造物が見える。

「あの壁の中がセントエクリーガ城下町だよ」

 ケイがポヤポヤした声で答える。

 どうやらあの灰色の建造物は壁のようだ。
 コンクリートに見えるが、コンクリートってこの世界にあるのだろうか。

 俺は壁に向かって歩き始める。

「アレンって足速いんだね」

 そう言い残すと、ケイは再び寝息を立て始めた。



 1時間ほどかけてゆっくり歩いていると、遠くから見えていた黒い道に出た。
 詳しくは分からないが、アスファルトのように見える。

 コンクリートといいアスファルトといい、この世界に存在するのかは不明だが、ひざ下の高さまで無造作に生えている草の上を歩くよりは遥かに楽だ。

「遠いな……」

 黒道に出れば壁までは目と鼻の先だと思っていたのだが、まだまだ先のようだ。

 あの超有名漫画による影響で大きさは50mぐらいと思い込んでいたが、見た感じ、倍の100mぐらいの大きさはある。
 家の近くにあったマンションが高さ100mの謳い文句をしていたのを思い出した。

 しかし、これはマンションというより、まるでダムのようだ。


 壁に近づけば近づくほど、人とすれ違う事も増えてきた。
 ほとんどの人が大きな荷物を持っていて、旅人か行商人のように見える。

 そして、俺とケイの恰好がかなり浮いている事に気づいた。


 黒道に出てから更に1時間ほど歩きようやく壁の前まで辿りついた。

 近くにきて改めて思うが、これは大きすぎる。
 こんな物、誰が、何のために、どうやって作ったのだろうか。
 おそらくウォロ村と同じでモンスターから町を守るための物だと思われるが、この壁ぐらいの大きさのモンスターがこの世界に存在するのだろうか。

 ……見上げすぎて少し首が痛くなってきた。


「ケイ、起きて」

 俺がケイの名前を呼ぶと背中がモソモソと動き始める。

「大きいね」

 ケイは俺がしゃがむ前に背中から飛び降り、顔を直角に上げながら感心している。

「……行こう」

 俺はケイの肩を軽く叩き、壁に開いているトンネルの方へ歩き始めた。

 ケイは俺の手を握り、ずっと上を見ている。


 トンネルの中はオレンジ色の電球で明るく照らされており、ウォロ村にはない文明を感じる。
 100mほど続くこの道は、とても幻想的だ。

「……ん?」

 トンネルに入った瞬間、自分の足音がしないことに気づく。

 そういえば<猫足>を消すのを忘れていた。

「ステイ」

 俺は小声で<猫足>を解除した。


「アレン、まって」

 何かと思いケイを見ると、ケイが目に手をかざしていた。

「目がチカチカする」

 ウォロ村で育ったケイに電球の光は明るすぎるようだ。


 俺はケイの手を引っ張り、早歩きでトンネルを抜けた。


「おぉ……」

 トンネルを抜けると煉瓦造りの家が真っすぐに整列して建っていた。
 街道には街路樹と街灯のようなものが規則的に並んでいる。

 内側から見ると壁が円形に町を囲っているのが分かる。
 しかし、その壁のせいで町の三分の一はまだ夜のようだ。

 反対側に見える壁の低さから考えると……直径にして10キロ程度だろうか。

 後ろを振り返ると、外側から見た時とは違い、壁の厚みが上に行くにしたがって指数関数的に薄くなっている。
 この湾曲した造形がなんとも美しい。


 ふと、目線を下に向けるとケイが目をギュッと瞑っていた。
 景色に感動してケイの事をすっかり忘れていた。

「もう目を開けても大丈夫だよ」

 俺がそう言うとケイは目を半開きにする。
 そして徐々に目を開けていくと共に顔に少しずつ笑顔が戻っていく。

「すごいね」

 ケイは握った俺の手を振り払い、首を左右に大きく振り始めた。

「そうだなぁ」

 俺はケイから少し目を逸らす。

「……とりあえずメイド協会とやらを探すか」

 俺が町の中心部の方へ足を進めようとすると、ケイが俺のスーツの裾を強く引っ張った。
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