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第一章「ウォロ村」

第三十二話「灯火」

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 ケイは俺の背中から離れ、カイの元に駆け寄る。

「アレン!」

 ケイの呼びかけで俺もカイの元に駆け寄り膝をついた。

「アレン……」

 カイが俺の手を強く握る。

「あいつ、俺の<特能>で感知できなかった……」
「普通の鬼じゃない……ケハッ」

 カイは再び血を吐き出した。
 カイの喉からはヒューヒューと音がしている。

「ケイを連れて……逃げろ……」

 カイは握った俺の手を振りほどき、ケイに目線を向ける。

「ケイ……愛してる……」

 カイがケイの頭を撫でながら笑顔を見せた瞬間、ケイの身体を光の靄が包み込んだ。

 光が消えたと同時にカイの身体から力が抜ける。

「アレン!」

 ケイは必死な眼差しをこちらに向ける。

「わかってる!」

 俺は呼びかけに答え、再びケイに背中を向けてしゃがんだ。
 ケイは勢いよく俺の背中に飛びつく。

「足と手でしっかりと俺を掴め!」

 俺は強めの口調でケイに命令すると、ケイは俺の身体を強く締め付けた。
 息が苦しくなるぐらいの力だが、そんな事は後回しだ。

 俺は一度立ち上がり、ケイの位置を調整すると再び地面に膝を着く。

 カイの喉からはまだ呼吸をしている音が聞こえる。

 俺はカイの事を両手で抱え込むように持ち上げた。


「……大丈夫?」

 ケイは震える声で俺を心配する。

「……ちょっと待って」

 本当は大丈夫と即答したかったがそんな余裕はなかった。

 俺は一度カイの事を地面に降ろす。

「アクティベイト」

 <STR>を上げたおかげか、ケイとカイを持ち上げることはできる。

 しかし、走るとなれば別の話だ。
 あの黒鬼がどのくらい速いのか分からないが、残りの40ポイントを使って何とか走れるようにしなければ逃げることは出来ないだろう。

 普通に考えれば<STR>に40ポイントを振るのが妥当だが、急激に<AGI>が高くなった時のように身体がついていかない可能性がある。
 時間があれば試しながら少しずつ上げられるのだが、オムさんに言われた5分というタイムリミットを考えると、もうそれほど時間は残っていない。。

「……頼む」

 俺は迷いながらも、<運び屋>に40ポイントを振った。

 <運び屋>に10ポイント振ることで得られる<運搬>は、荷物を持った状態での安定性が上がり、40ポイント振ることで得られる<見習いポーター>は、所持重量を25%カットする。

 しかし、この二つの<特能>は『荷物』働くので半分賭けだ。

「ステイ」

 俺はスキルボードを閉じ、手の甲を地面にこすりながら再びカイの身体に下から手を回した。


 ドチュ

 カイを持って立ち上がった瞬間、何かが落ちた。
 下を見ると、筋肉質な脚が一本、地面に転がっている。

 ケイは俺の背中に顔をうずめていておそらく気付いていない。

 幸か不幸かさっきよりも軽く感じる。


「<猫足>」

 俺は足音を消して村の入り口のほうへ走った。

 近づけば近づくほどあの黒い塊の姿が鮮明に見えてくる。

 オムさんとカイは鬼と言っていたが、まさしくあの姿は鬼だ。
 真っ黒な肌に濁った金色の角が一本、人間から奪ったのか右手には大きな斧を持ち、左手には奇妙な腕輪をしている。


 雨音に混じって村人たちの声が微かに聞こえてきたので走るのを止める。

 俺は耳を凝らし、村人たちの声が聞こえる反対側に回り込んで家の陰に隠れた。


「ふぅ……、ケイ大丈夫か?」

 首の可動域を限界まで使ってケイの方を振り返る。

「……うん」

 少しの間があった後、小さな声でケイは答えた。

 腕を通じてカイの心音がはっきりと聞こえ、身体からは温もりも感じる。
 カイはまだしっかりと生きている。


 鬼は村の入り口から微動だにしない。


 いつ逃げればいいのか……
 
 もしかしたら、今すぐ鬼の隙を見て逃げられるのではないか……


 息を殺し、いつチャンスを待つために座って休めもせずにじっとしている中、鼻筋に滴り落ちる雨粒の速度が悠久のように感じた。
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