うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第7章

第68話

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 万葉は師匠に聞いてもはぐらかされるかと思って、話を聞く矛先をマスターへと変えた。

「マスター……何があったの?」

 待っていましたとばかりにマスターが口を開く。師匠はやっとお酒を注文して、それをひと仕事終わったかのような顔で、美味しそうに口へと運んだ。

「聞いてよ万葉ちゃんー!」

 マスターの大げさな身振り手振りが混じりながら聞いたことによれば、遠藤がいきなり告白して、万葉とは別れて欲しいと言い出したのだとか。

「……はあ、別れてって、いきなり? さすが遠藤……強気だわ」

「でね、師匠はもちろん相手にしなかったわけで、そうしたらチャンスが欲しいから、試しでいいからつき合ってくれないかって」

「わあ……すごいな遠藤。そのぐいぐい行く姿勢、かなりすごい」

 万葉は本当に感心してしまい、その反応に「真面目過ぎですよ万葉さん」と師匠は隣でくつくつと笑い始めた。

「それにまあ、何というか鋭い言葉の刃でズタズタと……しかも至って怒ってない顔で言うから怖いわ。アタシの持っている刺身包丁よりも切れ味よかったわよ」

「一体どんなことを言ったの!?」

 驚く万葉に、師匠は笑いながら「秘密です」と言う。マスターも言葉の刃が想像以上に恐ろしかったのか、知らないほうがいいと首を横に振った。

「……師匠がそんな女の子泣かすようなこと、言うようには思えないけど……」

「そうですね。時と場合によっては、女性を泣かす言葉は言いますよ。悪者になった方が、諦めがつきますからね。でも、奥さんを泣かせる言葉は口にしませんから、安心してくださいね」

「……はあ……」

 釈然としなかったのだが、師匠が嬉しそうに万葉の頬に手を当ててきて、振り向くとキスをされた。

「な……んでお店ですよ、ここ!」

「万葉さん、会いたかったです」

 今日は泊まって下さいねと、拒否権がない顔をしている。万葉はそれに苦笑いをすると、分かりました、と乾杯をした。


 ***



「新海先輩、何で……?」

 駅の横のモールに設置された椅子に遠藤を座らせて、新海は温かい飲み物を渡す。

「お前が常務に突撃すると思わなかったから、止めに来たんだよ。人のものに手を出すなよ……ってあの時ちゃんと止めなかった俺が悪かったと思ってさ」

 遠藤は温かい飲み物を受け取ると、未だに水分が多い目を瞬かせて一口飲んだ。

「あ……私、お会計……」

「常務が払うから気にするなよ」

 新海も隣に座って、しばらく二人は黙っていた。桜が咲いていて日中はうららかでも、夜になると冷え込みは激しい。温かい飲み物は冷えた身体に嬉しかった。

「玉砕どころの話じゃなかったです。多分、私のこと人間だと思っていないんだと思います。常務の世界には、女性は恵先輩しか存在しないみたいです」

 どんなことを言われたんだと新海は想像して青ざめた。あの優しげな顔でそんなことを穏やかに嫌味なく言われたら、それは辛いだろうと新海は遠藤にご愁傷さまと声をかけた。

「新海先輩は、いいんですか? 恵先輩取られちゃいましたけど」

「俺、あいつのこと好きって言ってないぞ?」

「顔に書いてあります」

 食えないやつだな、と新海は苦笑いをした。
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