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第7章
第67話
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遅れたせいもあって、電車内は多少混雑していた。新海と共に乗り込むとどんどん後ろから人が押し寄せて来て、意図せずとも扉側に押しやられる。
混んでいるのに隙間があるのは、万葉がつぶれないように新海がしてくれているからで、それにお礼を伝えると新海はしたり顔をする。
早く早くと思えば思うほどに、時計の針の進みは遅い。いつもなら十分ちょっとの車内が、止まったように感じたのは幻で、ちゃんといつものスピードで電車は進む。
最寄り駅で降りると、駆けだしたい気持ちを押し殺して、流れて行く人の中を進む。新海と共に改札を抜け、歩いて五分ほどの居酒屋へと急いだ。
「遠藤がいなかったら杞憂に終わるけど、もし居たらどうしたらいいんだろう!?」
「俺が連れ帰るから、心配すんなって」
「え、だって新海それじゃなんか損な役回りじゃない?」
「だからさ、俺の責任も半分あるの。止めとけってちゃんと説得しておけば良かったんだけどさ、まさか既婚者にふつう迫って行くとか思わないだろ?」
それは確かに、と万葉は頷く。
「でも遠藤って素直なとこあるし、目的に忠実なところもあるし……あと、負けず嫌い。いい子なんだよね、めっちゃ」
「お前さ、敵をフォローしてどうすんだよ」
「ああそうだった。別に敵じゃないけど、やっぱり気になる。師匠がなびいちゃったらどうしよう!」
「それこそ杞憂だぞ? 常務、お前にしか多分興味ないから」
新海が大真面目に言うので、師匠と二人っきりで会議室で話した時に、何か言われたのだろうと察しが付く。
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないじゃない。女心と秋の空って言うし」
「田中常務は男だろうが。それより、遠藤がズタズタになってる方が俺は心配なんだけど。会社辞められても困るし、フォローどうせ俺なんだろうから」
言い合いながらお店について、万葉は引き戸をいつものように開けた。
「あら! いらっしゃい万葉ちゃん!」
マスターの声に万葉が見ると、そこにはめちゃくちゃ困った顔をしたマスターが、目配せをしてくる。見れば、カウンターで遠藤がぼろ泣きしているのが見えた。
そして、その奥の席で、万葉のことを見て一瞬驚いた顔をした後に、ほっとしたような顔をした師匠がいた。
「あーやっぱり泣いてたか……」
新海は苦虫を噛み潰した顔をして、万葉の後から入ってくる。
「え、何でやっぱりなの? 遠藤が泣くの分かってたの?」
「お前はとりあえず面倒だから、説明は旦那から聞けよ」
新海は万葉の横をすり抜けて、師匠に軽く言一礼すると、遠藤の横に立つ。遠藤が顔を真っ赤にしながら泣いていて、横に立った人が新海なのを見て驚く。
「ほら、遠藤行くぞ」
「え、新海先輩なんで?」
いいから立てってと言って遠藤を引っ張り上げると、後ろにかけてあったコートを背中にかけて鞄を持たせる。
「ああ助かりました、新海主任」
「常務、恵は泣かしたらダメですからね」
「あはは、絶対ないんで大丈夫ですよ。安心していてください」
新海は微笑むと、遠藤を連れて店を出て行く。意味深な笑みを投げかけて出て行く姿を万葉は見送って、遠藤が去った席へと座る。
なんとも言えない顔をしながら師匠を見ると、いつもと変わらない余裕な笑みを返される。
「こんばんは、万葉さん。月がきれいですね」
「はあ……こんばんは師匠……」
師匠が食えない顔で微笑むのに、万葉は怪訝な顔で首をかしげた。
混んでいるのに隙間があるのは、万葉がつぶれないように新海がしてくれているからで、それにお礼を伝えると新海はしたり顔をする。
早く早くと思えば思うほどに、時計の針の進みは遅い。いつもなら十分ちょっとの車内が、止まったように感じたのは幻で、ちゃんといつものスピードで電車は進む。
最寄り駅で降りると、駆けだしたい気持ちを押し殺して、流れて行く人の中を進む。新海と共に改札を抜け、歩いて五分ほどの居酒屋へと急いだ。
「遠藤がいなかったら杞憂に終わるけど、もし居たらどうしたらいいんだろう!?」
「俺が連れ帰るから、心配すんなって」
「え、だって新海それじゃなんか損な役回りじゃない?」
「だからさ、俺の責任も半分あるの。止めとけってちゃんと説得しておけば良かったんだけどさ、まさか既婚者にふつう迫って行くとか思わないだろ?」
それは確かに、と万葉は頷く。
「でも遠藤って素直なとこあるし、目的に忠実なところもあるし……あと、負けず嫌い。いい子なんだよね、めっちゃ」
「お前さ、敵をフォローしてどうすんだよ」
「ああそうだった。別に敵じゃないけど、やっぱり気になる。師匠がなびいちゃったらどうしよう!」
「それこそ杞憂だぞ? 常務、お前にしか多分興味ないから」
新海が大真面目に言うので、師匠と二人っきりで会議室で話した時に、何か言われたのだろうと察しが付く。
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないじゃない。女心と秋の空って言うし」
「田中常務は男だろうが。それより、遠藤がズタズタになってる方が俺は心配なんだけど。会社辞められても困るし、フォローどうせ俺なんだろうから」
言い合いながらお店について、万葉は引き戸をいつものように開けた。
「あら! いらっしゃい万葉ちゃん!」
マスターの声に万葉が見ると、そこにはめちゃくちゃ困った顔をしたマスターが、目配せをしてくる。見れば、カウンターで遠藤がぼろ泣きしているのが見えた。
そして、その奥の席で、万葉のことを見て一瞬驚いた顔をした後に、ほっとしたような顔をした師匠がいた。
「あーやっぱり泣いてたか……」
新海は苦虫を噛み潰した顔をして、万葉の後から入ってくる。
「え、何でやっぱりなの? 遠藤が泣くの分かってたの?」
「お前はとりあえず面倒だから、説明は旦那から聞けよ」
新海は万葉の横をすり抜けて、師匠に軽く言一礼すると、遠藤の横に立つ。遠藤が顔を真っ赤にしながら泣いていて、横に立った人が新海なのを見て驚く。
「ほら、遠藤行くぞ」
「え、新海先輩なんで?」
いいから立てってと言って遠藤を引っ張り上げると、後ろにかけてあったコートを背中にかけて鞄を持たせる。
「ああ助かりました、新海主任」
「常務、恵は泣かしたらダメですからね」
「あはは、絶対ないんで大丈夫ですよ。安心していてください」
新海は微笑むと、遠藤を連れて店を出て行く。意味深な笑みを投げかけて出て行く姿を万葉は見送って、遠藤が去った席へと座る。
なんとも言えない顔をしながら師匠を見ると、いつもと変わらない余裕な笑みを返される。
「こんばんは、万葉さん。月がきれいですね」
「はあ……こんばんは師匠……」
師匠が食えない顔で微笑むのに、万葉は怪訝な顔で首をかしげた。
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