うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
66 / 73
第7章

第64話

しおりを挟む
 持って行かれたシュシュは、特にお気に入りだったわけではないが、使いやすくて重宝していた。なので、返してもらわなかったとしても困らないのだが、無いと困ると言えば困る。

 帰宅して泊まり道具を鞄に詰めると、万葉はワンルームの部屋を出る。すでに毎晩ちょっとずつ片づけた部屋は、段ボールが積み重なっていた。師匠の家に先に置いておいても問題ないものは、すでに師匠の家に置いてある。

 会社員として働いてから、ずっと住んでいた部屋を出て行く名残惜しさと、あのぬくもりの灯る家が、自分の帰っていい場所になるという嬉しさに、どことなく浮足立っているのは間違いなかった。

 歩いて十分もかからない師匠の家に行くと、チャイムを押して中に入る。なかなかこの習慣は変わらなくて、しかし、いつも玄関に出て来てくれる師匠に、心が癒されていた。

「ただいまです、師匠」

「はい、お帰りなさい万葉さん」

 この挨拶を何度かわしたか分からないが、言う度に信頼度が増して、安心感が膨らむ。師匠に手を引かれてリビングへと行き、荷物を置いてからご飯を食べた。

「今日は、僕も忙しくて……あんまり作れなかったんですが」

 そういう割には、炒め物とご飯にお味噌汁を用意してくれていて、万葉は感激した。常務というのがどんな仕事をしているのか分からないが、きっと忙しいに違いない。その中でもこうしてもてなしてくれる気持ちに、万葉は心がいっぱいになる。

「今度、師匠が遅くなる時は私が用意します」

「楽しみですねえ、奥さんの手料理。毎日食べたいです」

「別に作るの嫌じゃないですけど、師匠も多分、作るの嫌じゃない人ですよね?」

「ええ。苦じゃなくできるタイプです」

 だったら一緒に今度作ろうと万葉は思案する。お互い食の好みも似ているので、きっと楽しいはずだと思った。



***



「――ところで師匠、まったりしてしまって忘れるところでしたが、私のシュシュは……?」

 お風呂にも入って、二人でソファでくつろいでそろそろ寝てもいいかもと思っている頃に、ふと万葉は今日訪問した根本的理由を思い出した。

「ああ、そうでした。お返しすると言いましたね」

「……今日は、すごくびっくりしました」

 師匠は寝ましょうと言いながら、立ち上がると二階へと行こうとする。万葉も後ろから付いて行き、師匠が自室に入って行くのを見て、寝室で師匠が来るのを待った。

「――お待たせしました。はい、これお返しします」

「ありがとうございます!」

 万葉が受け取って嬉しそうにした瞬間、布団へひょいと押し倒される。

「あの、師匠……?」

「先日の続きしましょう? 僕は今日、とってもイラっとしたので、万葉さんの泣き顔が見たいです……ああ違うな、僕にしか見せない万葉さんの顔を見たいです」

「ええええと、ごめんなさい。イラっとしていたんですね、やっぱり!?」

 当たり前でしょう、と万葉を布団へ押しやって覆いかぶさってくると、あっという間にキスで万葉を困らせる。

「だからって、会社であんな……」

「じゃあ、家でならいいですよね。いっぱい僕に困ってもらっていいですよ?」

 なんだその屁理屈はと思ったのだが、結局、師匠の思い通り。いつもは手のひらの上で踊らされているだけだが、今夜は師匠の腕の中に全てを委ねて、熱く焦がされるだけなのだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

蕩ける愛であなたを覆いつくしたい~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されてます~

泉南佳那
恋愛
梶原茉衣 28歳 × 浅野一樹 25歳 最悪の失恋をしたその夜、茉衣を救ってくれたのは、3歳年下の同僚、その端正な容姿で、会社一の人気を誇る浅野一樹だった。 「抱きしめてもいいですか。今それしか、梶原さんを慰める方法が見つからない」 「行くところがなくて困ってるんなら家にきます? 避難所だと思ってくれればいいですよ」 成り行きで彼のマンションにやっかいになることになった茉衣。 徐々に傷ついた心を優しく慰めてくれる彼に惹かれてゆき…… 超イケメンの年下同僚に甘く翻弄されるヒロイン。 一緒にドキドキしていただければ、嬉しいです❤️

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

処理中です...