63 / 73
第7章
第61話
しおりを挟む
「新海主任。いつも僕の妻がお世話になっているみたいで……ありがとうございます」
いきなり深々と頭を下げられて、新海の方が慌てた。
「いや、常務顔を上げて下さい……!」
冷や汗をかきながらそう言うと、先ほどと変わらない穏やかさでニコニコと微笑まれる。その様子に、これは強敵どころか、自分は相手にさえならないと新海は感じていた。
「何やら、万葉さんは僕の噂話に疲弊しているようで……新海主任に、手助けを求めましたか?」
「いえ……大丈夫だって、突っぱねられました」
「あはは、彼女、ものすごく強情なところありますからね。気を悪くしないでくださいね」
新海主任なら大丈夫でしょうけど、と師匠は付け加えて新海を見た。新海の万葉への気持ちを知っている、という瞳だった。
「……常務への気持ちが、これくらいで無くなるわけないって言っていました。どうやったらあの鈍い恵に、こうまで言わせられるのか……俺は完全に負けです」
「ええ、残念ですけど、新海主任の出る幕はありませんよ。出てきたなら、僕は万葉さんをさらって逃げます……絶対に手放すつもりはありません」
「ずいぶんと、ご執心なようですね」
それに師匠はにこっと微笑む。男性である新海が見ても、美しいなと思うような笑顔だった。
「ええ。ずっと、それこそ千年くらい、万葉さんに片思いしていましたから。やっと結ばれた恋を邪魔されたくはないので、こうして牽制しています」
それに新海は思わず笑った。はっきりと牽制していると言い切ったところが、この人らしいなと新海は思う。食えない笑顔に穏やかな物言い、飄々とした雰囲気の裏で、用意周到に攻めて華麗なる一手で盤面を覆してかっさらっていく。
「奪わせるつもりはありませんから、ご了承ください。万葉さんを幸せにするのも、万葉さんを愛すのも愛されるのも、お墓に一緒に入るのも……世界で僕一人だけでいい」
他はいりませんから、とバッサリ言い切って、師匠はふふふと笑う。しかしそれは、絶対的に譲らないという確信的な笑顔だった。
「……常務、恵のこと、よろしくお願いします」
今度は、新海が深々と頭を下げた。この人になら、万葉を任せても大丈夫だと思える。むしろ、この人以上に、万葉のことを溺愛できる人はいないと、新海は心の底から思った。
「はい、言われなくとも。僕は万葉さんを、就業中フォローできませんから、新海主任にお任せします。でも、くれぐれも手は出さないでくださいね」
「……怖くてできませんって」
新海が苦笑いをすると、手を出したらこの世から消えることを覚悟しなさいね、と言うかのような、凄まじい圧力を笑顔の裏から感じた。新海はそれに苦笑いを重ねると、師匠はお辞儀をして会議室から出て行った。
「……あはは、こりゃあ俺の出る幕ないな。完全に、完敗だよ」
新海は過ぎ去っていった圧力にふと緊張が解け、椅子へ腰かけると一人笑いながら髪の毛を掻いた。
***
万葉がフロアに慌てて戻り、部長に呼んでいたかどうかを確認したのだが、全くもって呼んでいないとのことだった。
「え、でもさっき、ししょ……田中常務が……」
「ああ、来ていたけど、恵に用があるって言って、居ないからF会議室でヒアリング中だって伝えたんだけどなあ。入れ違っちゃったか?」
「そうですか……ちょっと探しに行ってきます」
それに部長は軽やかにひらひらと手を振る。万葉はまたもやフロアを逆戻りして、F会議室へと向かう。なんだったんだろうと思っていたところで、せっかく持って来てもらった携帯電話を受け取っていないことに気がついた。
「げ。ダメじゃん、せっかく持って来てもらったのに!」
万葉が慌てながら廊下を早足で歩いていると、開いている会議室の扉からひょいと腕が伸びてきて、驚く間もなくあっという間に万葉を引き入れた。
いきなり深々と頭を下げられて、新海の方が慌てた。
「いや、常務顔を上げて下さい……!」
冷や汗をかきながらそう言うと、先ほどと変わらない穏やかさでニコニコと微笑まれる。その様子に、これは強敵どころか、自分は相手にさえならないと新海は感じていた。
「何やら、万葉さんは僕の噂話に疲弊しているようで……新海主任に、手助けを求めましたか?」
「いえ……大丈夫だって、突っぱねられました」
「あはは、彼女、ものすごく強情なところありますからね。気を悪くしないでくださいね」
新海主任なら大丈夫でしょうけど、と師匠は付け加えて新海を見た。新海の万葉への気持ちを知っている、という瞳だった。
「……常務への気持ちが、これくらいで無くなるわけないって言っていました。どうやったらあの鈍い恵に、こうまで言わせられるのか……俺は完全に負けです」
「ええ、残念ですけど、新海主任の出る幕はありませんよ。出てきたなら、僕は万葉さんをさらって逃げます……絶対に手放すつもりはありません」
「ずいぶんと、ご執心なようですね」
それに師匠はにこっと微笑む。男性である新海が見ても、美しいなと思うような笑顔だった。
「ええ。ずっと、それこそ千年くらい、万葉さんに片思いしていましたから。やっと結ばれた恋を邪魔されたくはないので、こうして牽制しています」
それに新海は思わず笑った。はっきりと牽制していると言い切ったところが、この人らしいなと新海は思う。食えない笑顔に穏やかな物言い、飄々とした雰囲気の裏で、用意周到に攻めて華麗なる一手で盤面を覆してかっさらっていく。
「奪わせるつもりはありませんから、ご了承ください。万葉さんを幸せにするのも、万葉さんを愛すのも愛されるのも、お墓に一緒に入るのも……世界で僕一人だけでいい」
他はいりませんから、とバッサリ言い切って、師匠はふふふと笑う。しかしそれは、絶対的に譲らないという確信的な笑顔だった。
「……常務、恵のこと、よろしくお願いします」
今度は、新海が深々と頭を下げた。この人になら、万葉を任せても大丈夫だと思える。むしろ、この人以上に、万葉のことを溺愛できる人はいないと、新海は心の底から思った。
「はい、言われなくとも。僕は万葉さんを、就業中フォローできませんから、新海主任にお任せします。でも、くれぐれも手は出さないでくださいね」
「……怖くてできませんって」
新海が苦笑いをすると、手を出したらこの世から消えることを覚悟しなさいね、と言うかのような、凄まじい圧力を笑顔の裏から感じた。新海はそれに苦笑いを重ねると、師匠はお辞儀をして会議室から出て行った。
「……あはは、こりゃあ俺の出る幕ないな。完全に、完敗だよ」
新海は過ぎ去っていった圧力にふと緊張が解け、椅子へ腰かけると一人笑いながら髪の毛を掻いた。
***
万葉がフロアに慌てて戻り、部長に呼んでいたかどうかを確認したのだが、全くもって呼んでいないとのことだった。
「え、でもさっき、ししょ……田中常務が……」
「ああ、来ていたけど、恵に用があるって言って、居ないからF会議室でヒアリング中だって伝えたんだけどなあ。入れ違っちゃったか?」
「そうですか……ちょっと探しに行ってきます」
それに部長は軽やかにひらひらと手を振る。万葉はまたもやフロアを逆戻りして、F会議室へと向かう。なんだったんだろうと思っていたところで、せっかく持って来てもらった携帯電話を受け取っていないことに気がついた。
「げ。ダメじゃん、せっかく持って来てもらったのに!」
万葉が慌てながら廊下を早足で歩いていると、開いている会議室の扉からひょいと腕が伸びてきて、驚く間もなくあっという間に万葉を引き入れた。
17
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした
日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。
若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。
40歳までには結婚したい!
婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。
今更あいつに口説かれても……

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる