うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第7章

第61話

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「新海主任。いつも僕の妻がお世話になっているみたいで……ありがとうございます」

 いきなり深々と頭を下げられて、新海の方が慌てた。

「いや、常務顔を上げて下さい……!」

 冷や汗をかきながらそう言うと、先ほどと変わらない穏やかさでニコニコと微笑まれる。その様子に、これは強敵どころか、自分は相手にさえならないと新海は感じていた。

「何やら、万葉さんは僕の噂話に疲弊しているようで……新海主任に、手助けを求めましたか?」

「いえ……大丈夫だって、突っぱねられました」

「あはは、彼女、ものすごく強情なところありますからね。気を悪くしないでくださいね」

 新海主任なら大丈夫でしょうけど、と師匠は付け加えて新海を見た。新海の万葉への気持ちを知っている、という瞳だった。

「……常務への気持ちが、これくらいで無くなるわけないって言っていました。どうやったらあの鈍い恵に、こうまで言わせられるのか……俺は完全に負けです」

「ええ、残念ですけど、新海主任の出る幕はありませんよ。出てきたなら、僕は万葉さんをさらって逃げます……絶対に手放すつもりはありません」

「ずいぶんと、ご執心なようですね」

 それに師匠はにこっと微笑む。男性である新海が見ても、美しいなと思うような笑顔だった。

「ええ。ずっと、それこそ千年くらい、万葉さんに片思いしていましたから。やっと結ばれた恋を邪魔されたくはないので、こうして牽制しています」

 それに新海は思わず笑った。はっきりと牽制していると言い切ったところが、この人らしいなと新海は思う。食えない笑顔に穏やかな物言い、飄々とした雰囲気の裏で、用意周到に攻めて華麗なる一手で盤面を覆してかっさらっていく。

「奪わせるつもりはありませんから、ご了承ください。万葉さんを幸せにするのも、万葉さんを愛すのも愛されるのも、お墓に一緒に入るのも……世界で僕一人だけでいい」

 他はいりませんから、とバッサリ言い切って、師匠はふふふと笑う。しかしそれは、絶対的に譲らないという確信的な笑顔だった。

「……常務、恵のこと、よろしくお願いします」

 今度は、新海が深々と頭を下げた。この人になら、万葉を任せても大丈夫だと思える。むしろ、この人以上に、万葉のことを溺愛できる人はいないと、新海は心の底から思った。

「はい、言われなくとも。僕は万葉さんを、就業中フォローできませんから、新海主任にお任せします。でも、くれぐれも手は出さないでくださいね」

「……怖くてできませんって」

 新海が苦笑いをすると、手を出したらこの世から消えることを覚悟しなさいね、と言うかのような、凄まじい圧力を笑顔の裏から感じた。新海はそれに苦笑いを重ねると、師匠はお辞儀をして会議室から出て行った。

「……あはは、こりゃあ俺の出る幕ないな。完全に、完敗だよ」

 新海は過ぎ去っていった圧力にふと緊張が解け、椅子へ腰かけると一人笑いながら髪の毛を掻いた。



 ***



 万葉がフロアに慌てて戻り、部長に呼んでいたかどうかを確認したのだが、全くもって呼んでいないとのことだった。

「え、でもさっき、ししょ……田中常務が……」

「ああ、来ていたけど、恵に用があるって言って、居ないからF会議室でヒアリング中だって伝えたんだけどなあ。入れ違っちゃったか?」

「そうですか……ちょっと探しに行ってきます」

 それに部長は軽やかにひらひらと手を振る。万葉はまたもやフロアを逆戻りして、F会議室へと向かう。なんだったんだろうと思っていたところで、せっかく持って来てもらった携帯電話を受け取っていないことに気がついた。

「げ。ダメじゃん、せっかく持って来てもらったのに!」

 万葉が慌てながら廊下を早足で歩いていると、開いている会議室の扉からひょいと腕が伸びてきて、驚く間もなくあっという間に万葉を引き入れた。
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