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第6章
第60話
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ヒアリングは簡単なもので、特に万葉は問題もなく業務にも就けているので、すぐに確認事項は終わってしまった。
「まあ世間話ついでにあれだけど、悩みとかは無いわけ? 一応ヒアリングだからさ、何かあれば言っといてくれねーと、俺も対処できないからな」
「仕事面では特にないかな。むしろ名字変わってはかどっているし」
「問題はプライベートのほうってか?」
言わずもがな、と万葉は苦虫を踏みつぶした顔をする。
「……恵。お前今、幸せ?」
「はい……?」
いきなり真面目に聞かれて、万葉は目を見開いた。
「悩んでるだろ、常務のこと」
「別に、師匠の事で悩んでいるわけじゃなくて、噂話のことで悩んでいるだけ」
「お前が幸せでいてくれないと、俺の気持ちがやりきれないんだよ。意味分かる?」
言われて、万葉は新海がストレートに告白してきた時の事を思い出す。幸せじゃなかったら、物申すと言っていたのを完全に忘れていた。
「俺に乗り換える気、ないだろ?」
それに万葉は頷く。
「じゃあ、悩むの止めろよ。助けてやりたいけど、助けられないのだって見ていて辛いんだぞ」
「助けてもらわなくても……自分で何とか出来るもん」
「できるなら、こんなに噂広まってねーだろうが。それに、お前がそんな顔する必要も、俺にこうやってグチグチ言われる必要もない」
万葉は完全に困った。
「とにかく、大丈夫。傷ついていないし、師匠の事疑っていないし、仕事に私情を持ち込んでへますることもしない。だから、助けてくれなくて大丈夫、ありがとう」
万葉は立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
「あ、おい……まだ話し終わってないから!」
「もう話すことないってば。悩みはないし、仕事もプライベートも順調だもん」
「じゃあ何でそんな顔するんだよ、バカ!」
泣きそうになっている万葉を引き留めて、新海が怪訝な顔をする。
「本当は辛いんじゃないのか? 根も葉もない噂たてられて……」
それに万葉は振り返って思わず新海に八つ当たりをした。
「そうよ! 何だってみんな師匠の事悪く言うの!? そんな人じゃない、私には優しいし、ずっと昔から私のこと想っていてくれたのに……どうしてこんな言われなくっちゃなの?」
「恵……」
「こんなのへっちゃらだもん! 師匠への気持ちが減るわけじゃないもん。例え噂が本当で、遊ばれているだけだったとしても、私は――」
コンコンと開いている扉がノックされた。飛び上がるようにして万葉が振り返るのと、新海が息を呑むのが同時だった。
「――師匠!?」
「……お取込み中失礼します」
そこには穏やかな顔をした師匠が、いつもと変わらぬ笑みをたたえながら立っていた。万葉は慌てて新海に向き直ると、指先で目頭を押さえつけて涙をぬぐう。
「僕の奥さんがおっちょこちょいで、携帯電話を家に置きっぱなしにしていたので、届けに来ました。フロアに立ち寄ったら、こちらだと聞いたので……お邪魔でしたか?」
それに万葉は振り返ってから「邪魔じゃないです!」と言い放った。
「なら良かった。お取込み中のようだったので気が引けましたが。万葉さんは忘れん坊ですね……朝、ちゃんと荷物確認していたのに」
「……ありがとうございます」
「いえいえ。あ、そういえば先程、部長が呼んでいましたよ。早く行った方がいいかもしれません。顔が引きつっていたので」
言われて万葉の方の顔が引きつる。
「し、失礼します!」
慌てて部屋を飛び出すと、ばたばたと廊下を駆けだしていった。その後ろ姿を見送ってから、師匠はにっこりと笑って、新海に向き直った。
「新海主任。ちょっと、お話しましょう?」
「え……あ、はい……」
笑顔の裏の真相が見えなくて、新海は息を吐いてから師匠をじっと見つめた。
「まあ世間話ついでにあれだけど、悩みとかは無いわけ? 一応ヒアリングだからさ、何かあれば言っといてくれねーと、俺も対処できないからな」
「仕事面では特にないかな。むしろ名字変わってはかどっているし」
「問題はプライベートのほうってか?」
言わずもがな、と万葉は苦虫を踏みつぶした顔をする。
「……恵。お前今、幸せ?」
「はい……?」
いきなり真面目に聞かれて、万葉は目を見開いた。
「悩んでるだろ、常務のこと」
「別に、師匠の事で悩んでいるわけじゃなくて、噂話のことで悩んでいるだけ」
「お前が幸せでいてくれないと、俺の気持ちがやりきれないんだよ。意味分かる?」
言われて、万葉は新海がストレートに告白してきた時の事を思い出す。幸せじゃなかったら、物申すと言っていたのを完全に忘れていた。
「俺に乗り換える気、ないだろ?」
それに万葉は頷く。
「じゃあ、悩むの止めろよ。助けてやりたいけど、助けられないのだって見ていて辛いんだぞ」
「助けてもらわなくても……自分で何とか出来るもん」
「できるなら、こんなに噂広まってねーだろうが。それに、お前がそんな顔する必要も、俺にこうやってグチグチ言われる必要もない」
万葉は完全に困った。
「とにかく、大丈夫。傷ついていないし、師匠の事疑っていないし、仕事に私情を持ち込んでへますることもしない。だから、助けてくれなくて大丈夫、ありがとう」
万葉は立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
「あ、おい……まだ話し終わってないから!」
「もう話すことないってば。悩みはないし、仕事もプライベートも順調だもん」
「じゃあ何でそんな顔するんだよ、バカ!」
泣きそうになっている万葉を引き留めて、新海が怪訝な顔をする。
「本当は辛いんじゃないのか? 根も葉もない噂たてられて……」
それに万葉は振り返って思わず新海に八つ当たりをした。
「そうよ! 何だってみんな師匠の事悪く言うの!? そんな人じゃない、私には優しいし、ずっと昔から私のこと想っていてくれたのに……どうしてこんな言われなくっちゃなの?」
「恵……」
「こんなのへっちゃらだもん! 師匠への気持ちが減るわけじゃないもん。例え噂が本当で、遊ばれているだけだったとしても、私は――」
コンコンと開いている扉がノックされた。飛び上がるようにして万葉が振り返るのと、新海が息を呑むのが同時だった。
「――師匠!?」
「……お取込み中失礼します」
そこには穏やかな顔をした師匠が、いつもと変わらぬ笑みをたたえながら立っていた。万葉は慌てて新海に向き直ると、指先で目頭を押さえつけて涙をぬぐう。
「僕の奥さんがおっちょこちょいで、携帯電話を家に置きっぱなしにしていたので、届けに来ました。フロアに立ち寄ったら、こちらだと聞いたので……お邪魔でしたか?」
それに万葉は振り返ってから「邪魔じゃないです!」と言い放った。
「なら良かった。お取込み中のようだったので気が引けましたが。万葉さんは忘れん坊ですね……朝、ちゃんと荷物確認していたのに」
「……ありがとうございます」
「いえいえ。あ、そういえば先程、部長が呼んでいましたよ。早く行った方がいいかもしれません。顔が引きつっていたので」
言われて万葉の方の顔が引きつる。
「し、失礼します!」
慌てて部屋を飛び出すと、ばたばたと廊下を駆けだしていった。その後ろ姿を見送ってから、師匠はにっこりと笑って、新海に向き直った。
「新海主任。ちょっと、お話しましょう?」
「え……あ、はい……」
笑顔の裏の真相が見えなくて、新海は息を吐いてから師匠をじっと見つめた。
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