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第6章
第55話
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新海に告白されたことを黙っておくのも気が引けて、万葉は電話で何となく師匠にその話をした。すると、夜、星が輝き始める時刻に、師匠が押し掛けるようにしてマンションへとやってきた。
「師匠、どうして――」
「奥さんに悪い虫がつきそうなので、いてもたってもいられず来ました」
扉を開けると、お邪魔しますと少々不機嫌な調子で言われて、万葉は困ってしまう。紅茶を出してソファに座り、師匠の方を見るといつもよりも若干むっとした顔をしていた。師匠は泊まるつもりらしく、帰る気配は微塵もなかった。
「でも師匠、新海は私からしたらただの同期で、恋愛感情全くないし……」
「それでも心配です。心配性だ過保護だと思うのならば、思ってもらって結構です。若い子と勝負する気はありません……貴女をさらって、逃げ切ります」
「だけど本当に、何もなくて」
「知っていますよ。疑っているわけじゃなくて……言ってしまえば、ただのヤキモチです」
それに万葉は紅茶を吹き出しそうになる。
「師匠でも、ヤキモチやくんですか!?」
「大人は、案外余裕がないんですよ」
鼻先にちょんと触れられて、やっと師匠が微笑んだ。
「だめですね、歳をとると、余裕というものが持てません。特に、貴女のこととなると……覚えておいてくださいね万葉さん。僕は、貴女が思っている以上に、独占欲が強いです」
師匠の美しい顔が目の前にあって、ド直球な物言いに、万葉の心臓が早鐘のようになる。師匠の香り立つような色気に、酔わない人間がいるなら見てみたいと万葉は思った。
「そんなに顔を赤くされると、僕だって我慢できませんよ。特に今夜はダメです」
「師匠……」
師匠の顔が近づいてきて、唇がほんの少し、軽く触れ合う。
「……バカなことしました。抑えがきかなくなりそうなので……」
師匠はそう言うと、万葉から離れた。未だに、師匠は万葉に手を出してくることはない。
「師匠、思っていたんですけど……私ってやっぱり色気ないですかね?」
それに師匠は目を丸くする。
「……はい?」
「いや、ほら……ずっとその、キス以上の進展もないですし」
「あのですね……ええと、万葉さん。いつもだったら何を期待しているんですかと言うところなんですが、そんなに自覚がないならこの際はっきり申し上げますけど」
師匠は困ったというよりも、半分怒ったような顔になって眉毛を釣り上げた。
「我慢してるって僕何回も言いましたよね?」
「はい。だけど、我慢するにも限界がありますよね? 両想いになるまでは手を出さないって言ってたのも分かってます。でももう両想いですし、なので、もはや私にそういう気が起きないのかなって」
師匠がむっとして、その後脱力して背もたれに深く背を預けた。深いため息を吐いて、髪の毛をたくし上げる。
「襲っていいんだったら襲いたいですよ。正直、我慢も限界です。でも、急いたところで、それじゃあまるで、若い貴女の身体目当てみたいじゃないですか」
僕たちは恋愛結婚じゃないんだから、と師匠は付け加えた。
「結婚が先でしたけど、今、現在進行形で恋愛しているんですよ、僕と万葉さんは。身体から始まる恋愛だってあるでしょうし、結婚したんだから好きに手出ししても構わないという人もいるかもしれませんけど……僕は、貴女の事を大事にしたいんです」
師匠は諦めたようにそう言い放つと、万葉をぐいっと抱きしめた。
「貴女に魅力が無いわけじゃなくて、むしろ僕にはもったいないくらいで……それに、万葉さんが僕としたいって思ってくれなきゃ、僕の独りよがりじゃないですか」
その後師匠は、万葉の名前を小さく呼んで、息が止まるほどに強く抱きしめた。その切ない抱擁に顔をうずめながら、この人で良かったと万葉は心の底から思った。
「師匠、どうして――」
「奥さんに悪い虫がつきそうなので、いてもたってもいられず来ました」
扉を開けると、お邪魔しますと少々不機嫌な調子で言われて、万葉は困ってしまう。紅茶を出してソファに座り、師匠の方を見るといつもよりも若干むっとした顔をしていた。師匠は泊まるつもりらしく、帰る気配は微塵もなかった。
「でも師匠、新海は私からしたらただの同期で、恋愛感情全くないし……」
「それでも心配です。心配性だ過保護だと思うのならば、思ってもらって結構です。若い子と勝負する気はありません……貴女をさらって、逃げ切ります」
「だけど本当に、何もなくて」
「知っていますよ。疑っているわけじゃなくて……言ってしまえば、ただのヤキモチです」
それに万葉は紅茶を吹き出しそうになる。
「師匠でも、ヤキモチやくんですか!?」
「大人は、案外余裕がないんですよ」
鼻先にちょんと触れられて、やっと師匠が微笑んだ。
「だめですね、歳をとると、余裕というものが持てません。特に、貴女のこととなると……覚えておいてくださいね万葉さん。僕は、貴女が思っている以上に、独占欲が強いです」
師匠の美しい顔が目の前にあって、ド直球な物言いに、万葉の心臓が早鐘のようになる。師匠の香り立つような色気に、酔わない人間がいるなら見てみたいと万葉は思った。
「そんなに顔を赤くされると、僕だって我慢できませんよ。特に今夜はダメです」
「師匠……」
師匠の顔が近づいてきて、唇がほんの少し、軽く触れ合う。
「……バカなことしました。抑えがきかなくなりそうなので……」
師匠はそう言うと、万葉から離れた。未だに、師匠は万葉に手を出してくることはない。
「師匠、思っていたんですけど……私ってやっぱり色気ないですかね?」
それに師匠は目を丸くする。
「……はい?」
「いや、ほら……ずっとその、キス以上の進展もないですし」
「あのですね……ええと、万葉さん。いつもだったら何を期待しているんですかと言うところなんですが、そんなに自覚がないならこの際はっきり申し上げますけど」
師匠は困ったというよりも、半分怒ったような顔になって眉毛を釣り上げた。
「我慢してるって僕何回も言いましたよね?」
「はい。だけど、我慢するにも限界がありますよね? 両想いになるまでは手を出さないって言ってたのも分かってます。でももう両想いですし、なので、もはや私にそういう気が起きないのかなって」
師匠がむっとして、その後脱力して背もたれに深く背を預けた。深いため息を吐いて、髪の毛をたくし上げる。
「襲っていいんだったら襲いたいですよ。正直、我慢も限界です。でも、急いたところで、それじゃあまるで、若い貴女の身体目当てみたいじゃないですか」
僕たちは恋愛結婚じゃないんだから、と師匠は付け加えた。
「結婚が先でしたけど、今、現在進行形で恋愛しているんですよ、僕と万葉さんは。身体から始まる恋愛だってあるでしょうし、結婚したんだから好きに手出ししても構わないという人もいるかもしれませんけど……僕は、貴女の事を大事にしたいんです」
師匠は諦めたようにそう言い放つと、万葉をぐいっと抱きしめた。
「貴女に魅力が無いわけじゃなくて、むしろ僕にはもったいないくらいで……それに、万葉さんが僕としたいって思ってくれなきゃ、僕の独りよがりじゃないですか」
その後師匠は、万葉の名前を小さく呼んで、息が止まるほどに強く抱きしめた。その切ない抱擁に顔をうずめながら、この人で良かったと万葉は心の底から思った。
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