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第6章
第54話
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万葉が結婚して名字が変わったことは、一瞬にしてフロア中に知れ渡った。呼び方は今まで通りでいいと、おめでとうと声をかけられるたびに答えるが、こうして人に祝ってもらえるのがすごく嬉しかった。
師匠とも話をしたのだが、引っ越しを終えたら両親の所へ挨拶にも行こうということになった。完全に事後報告だが、のんきすぎる万葉の両親だったら、全く気にしないのは目に見えてわかっていた。
会社の中間報告が出る頃になって、新海がいつも通り万葉と桃花の所へ資料を持ってやって来る。新海とは諦めないと言われた一件以来、まともに口をきいていなかったのだが、特に変わった様子がなく資料でポコポコと頭を叩いてきたのが、万葉としてはほっとした。
「で、今月は恵が返り咲き。名前に関するクレーム、一個もなかったもんだから」
成績表を見ると、いつも抜かされていた遠藤よりも、グラフが上がっている。万葉は嬉しくてその資料を掴むと、目に焼き付けるように凝視した。
「嬉しい……! これで今月、首位キープできたら最高!」
ボーナスの加点もあるので、万葉はワクワクしながら久々の首位のグラフに目を輝かせ、嬉しさのあまり写真を撮った。
「よし、この調子で頑張ろう……今日もクレームないし、午後もすんなりと行きますように!」
がぜん湧き出るやる気を胸に、万葉はいったんクールダウンしようと、休憩室にコーヒーを飲みに行く。桃花はすぐに席に戻ったのだが、新海も一度休憩するというので一緒に向かった。
「調子良さそうだな」
「うん。苗字の効果がすごいのね、あんだけ苗字によるクレームとか、珍しいわねーっていう長話や世間話があったのが、一気に解消されると、こんなに違うとは」
すっきりするしやる気も違うと伝えると、新海は良かったなと笑う。その笑顔は、本当に良かったと思っている顔だったので、万葉はもやついていた気持ちが晴れていく。
「新海、ちゃんと結婚のこと言ってなくてごめんね。気にかけてくれていたのに、気づかなかったのもごめん」
「いいよ、俺も大人げなかったし。っていうか、冗談でしかとらえられないくらいにしか思われてないの、すっごい理解できたし」
それに万葉は苦笑いをする。
「……ほんと、鈍感でごめん」
「謝るなよ。俺だってちゃんと言ってなかったのが悪いんだ。ちゃんと、本気だって言うのを伝えていたら、もう少し違っていたのかもしれないとは思うけど」
休憩室のソファで二人してちびちびコーヒーを飲みながら、なんとも気まずい雰囲気が流れる。
「でもさ、恵」
新海がひょいと万葉の頬に触れて、覗き込んでくる。
「だからといって、気持ちが急にしぼむわけじゃないからな」
イケメンに覗き込まれて、万葉の胸が跳ねる。
「え、う、うん……」
「もし別れたら、次は俺と結婚しろよ」
いきなりのプロポーズに、うまい言葉が出て来ない。
「別れないよ。だって、結婚したし」
「戸籍上の縛りはあるけど、結婚したからと言って、お前の気持ちまで縛れるわけじゃないだろ? 万が一、お前が幸せじゃなかったら、俺は黙っていないからな」
「うん……分かった」
別れるつもりも、気持ちも揺らぐこともない。けれども、心配してくれている新海の気持ちが素直に嬉しくて、万葉はうん、ともう一度はっきり頷いた。
「別れる気はないけど……もし万が一そんなことがあって、新海に好きな人がいなかったら、その時は私からお願いしますって言うね」
万葉が言える精一杯は、そこまでだった。新海はそれに納得をしたのか、ポンポンと万葉の頭を撫でて立ち上がり、フロアへと戻って行った。
師匠とも話をしたのだが、引っ越しを終えたら両親の所へ挨拶にも行こうということになった。完全に事後報告だが、のんきすぎる万葉の両親だったら、全く気にしないのは目に見えてわかっていた。
会社の中間報告が出る頃になって、新海がいつも通り万葉と桃花の所へ資料を持ってやって来る。新海とは諦めないと言われた一件以来、まともに口をきいていなかったのだが、特に変わった様子がなく資料でポコポコと頭を叩いてきたのが、万葉としてはほっとした。
「で、今月は恵が返り咲き。名前に関するクレーム、一個もなかったもんだから」
成績表を見ると、いつも抜かされていた遠藤よりも、グラフが上がっている。万葉は嬉しくてその資料を掴むと、目に焼き付けるように凝視した。
「嬉しい……! これで今月、首位キープできたら最高!」
ボーナスの加点もあるので、万葉はワクワクしながら久々の首位のグラフに目を輝かせ、嬉しさのあまり写真を撮った。
「よし、この調子で頑張ろう……今日もクレームないし、午後もすんなりと行きますように!」
がぜん湧き出るやる気を胸に、万葉はいったんクールダウンしようと、休憩室にコーヒーを飲みに行く。桃花はすぐに席に戻ったのだが、新海も一度休憩するというので一緒に向かった。
「調子良さそうだな」
「うん。苗字の効果がすごいのね、あんだけ苗字によるクレームとか、珍しいわねーっていう長話や世間話があったのが、一気に解消されると、こんなに違うとは」
すっきりするしやる気も違うと伝えると、新海は良かったなと笑う。その笑顔は、本当に良かったと思っている顔だったので、万葉はもやついていた気持ちが晴れていく。
「新海、ちゃんと結婚のこと言ってなくてごめんね。気にかけてくれていたのに、気づかなかったのもごめん」
「いいよ、俺も大人げなかったし。っていうか、冗談でしかとらえられないくらいにしか思われてないの、すっごい理解できたし」
それに万葉は苦笑いをする。
「……ほんと、鈍感でごめん」
「謝るなよ。俺だってちゃんと言ってなかったのが悪いんだ。ちゃんと、本気だって言うのを伝えていたら、もう少し違っていたのかもしれないとは思うけど」
休憩室のソファで二人してちびちびコーヒーを飲みながら、なんとも気まずい雰囲気が流れる。
「でもさ、恵」
新海がひょいと万葉の頬に触れて、覗き込んでくる。
「だからといって、気持ちが急にしぼむわけじゃないからな」
イケメンに覗き込まれて、万葉の胸が跳ねる。
「え、う、うん……」
「もし別れたら、次は俺と結婚しろよ」
いきなりのプロポーズに、うまい言葉が出て来ない。
「別れないよ。だって、結婚したし」
「戸籍上の縛りはあるけど、結婚したからと言って、お前の気持ちまで縛れるわけじゃないだろ? 万が一、お前が幸せじゃなかったら、俺は黙っていないからな」
「うん……分かった」
別れるつもりも、気持ちも揺らぐこともない。けれども、心配してくれている新海の気持ちが素直に嬉しくて、万葉はうん、ともう一度はっきり頷いた。
「別れる気はないけど……もし万が一そんなことがあって、新海に好きな人がいなかったら、その時は私からお願いしますって言うね」
万葉が言える精一杯は、そこまでだった。新海はそれに納得をしたのか、ポンポンと万葉の頭を撫でて立ち上がり、フロアへと戻って行った。
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