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第5章
第49話
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帰りの車で、ずっと師匠は笑い転げていて、万葉はむすっとしたまま口を尖らせる。
「……そんなに面白いですか?」
「あはは、本当に面白いです。久しぶりに笑いましたよ、本当に傑作です。飾っておきましょう?」
「嫌ですよ!」
最後の一枚は前へ提出するとのことで、万葉は小学生の列の一番後ろに立ち、そしてむっとした顔で半紙を提出した。そこには達筆で大きく〈花より団子〉と書かれていた。
それを見た師匠の笑いが止まらなくなってしまい、結局万葉の作品は花丸となって持ち帰ることになった。
家に到着してもまだ思い出し笑いが止まらない師匠は、くすくすと笑いながら、片づけと夕飯の準備を始める。万葉も手伝って、二人で作ったのは白菜と豚肉の蒸し物だった。
「今日も飲みますか?」
「飲みます。結局、いつから師匠が私のこと知っていたのか、分からなかったんですけど……」
ウイスキーをロックで飲みながら、いつから師匠は自分のことを知っていたのかという疑問が、解決しなかったことに首をかしげた。
「これは大ヒントですよ。会社で硬筆を頼まれたのは、いつでしたか?」
言われて万葉は、親会社の役員が来るからと言って、一部資料と名前などを書いてほしいと言われたことを思い出す。それは、入社して一年目、部長が万葉の字を褒めたことから始まった。
「入社してしばらく経ってから……五年くらい前になりますね。え、まさかそこから……?」
それに応えずに、師匠はニコニコと意味深に微笑む。
「確か、それから毎年頼まれるようになったり、宛名書きを頼まれたりして……。師匠、調べたんですか、私のこと」
「あまりにもきれいな字だったもので……つい、誰が書いたのかを聞きました。そして、貴女の名前を教えてもらったんです」
ウイスキーだと万葉は酔いやすく、日本酒ほど量を飲むことができない。ちびちびと飲みながら師匠を見つめた。
「まさか、貴女を居酒屋で見かけるとは、思いもよりませんでしたけど」
万葉は完全にこれは、師匠の手のひらにずっといたのだと気がついた。万葉が師匠を認識するずっとずっと前から、師匠は万葉のことを見てくれていたのだ。
「ずっと、万葉さんのことしか僕は見ていませんよ」
酔いが回ったのか、師匠の顔をまともに見ることができない。そんな長い間、アプローチもせずに、いじらしくずっと見守ってくれていたことに対して、なんとも言えない感情が生まれてきた。
「でも貴女は僕をちっとも見てくれませんでしたね」
「う……だって、貴重な飲み友達ですし、何よりも師匠みたいなきれいな人とは、自分は不釣り合いです」
「ずいぶんと待たされましたよ。振り向いてもらえるチャンスはもうこれしかないと思って、誰でもいいから結婚してほしいと言った時に、僕は強引に結婚したんです」
師匠はウイスキーを飲み干すと、にっこりと笑う。
「でも、結婚をしたところで、ちゃんと僕のことを好きになってもらわなきゃ意味がなかったので、貴女が好きになってくれるまで待って、手も出さないって決めたんです。両想いでいたいって言ってくれた時は、僕のほうが嬉しかったんですよ」
師匠の手が伸びてきて万葉の手を掴む。頬に誘われて、優しくのひらにキスをされると、万葉は恥ずかしくて真っ赤になった。
「せっかく王手をかけたのに、万葉さんに嫌われたら、離婚を切り出されたらと思うと、僕は切なくて苦しかった……臆病ですね、歳を重ねると」
好きな人に好きと言ってもらえないことに、こんなに悩むなんて。そう師匠は呟いた。
「……そんなに面白いですか?」
「あはは、本当に面白いです。久しぶりに笑いましたよ、本当に傑作です。飾っておきましょう?」
「嫌ですよ!」
最後の一枚は前へ提出するとのことで、万葉は小学生の列の一番後ろに立ち、そしてむっとした顔で半紙を提出した。そこには達筆で大きく〈花より団子〉と書かれていた。
それを見た師匠の笑いが止まらなくなってしまい、結局万葉の作品は花丸となって持ち帰ることになった。
家に到着してもまだ思い出し笑いが止まらない師匠は、くすくすと笑いながら、片づけと夕飯の準備を始める。万葉も手伝って、二人で作ったのは白菜と豚肉の蒸し物だった。
「今日も飲みますか?」
「飲みます。結局、いつから師匠が私のこと知っていたのか、分からなかったんですけど……」
ウイスキーをロックで飲みながら、いつから師匠は自分のことを知っていたのかという疑問が、解決しなかったことに首をかしげた。
「これは大ヒントですよ。会社で硬筆を頼まれたのは、いつでしたか?」
言われて万葉は、親会社の役員が来るからと言って、一部資料と名前などを書いてほしいと言われたことを思い出す。それは、入社して一年目、部長が万葉の字を褒めたことから始まった。
「入社してしばらく経ってから……五年くらい前になりますね。え、まさかそこから……?」
それに応えずに、師匠はニコニコと意味深に微笑む。
「確か、それから毎年頼まれるようになったり、宛名書きを頼まれたりして……。師匠、調べたんですか、私のこと」
「あまりにもきれいな字だったもので……つい、誰が書いたのかを聞きました。そして、貴女の名前を教えてもらったんです」
ウイスキーだと万葉は酔いやすく、日本酒ほど量を飲むことができない。ちびちびと飲みながら師匠を見つめた。
「まさか、貴女を居酒屋で見かけるとは、思いもよりませんでしたけど」
万葉は完全にこれは、師匠の手のひらにずっといたのだと気がついた。万葉が師匠を認識するずっとずっと前から、師匠は万葉のことを見てくれていたのだ。
「ずっと、万葉さんのことしか僕は見ていませんよ」
酔いが回ったのか、師匠の顔をまともに見ることができない。そんな長い間、アプローチもせずに、いじらしくずっと見守ってくれていたことに対して、なんとも言えない感情が生まれてきた。
「でも貴女は僕をちっとも見てくれませんでしたね」
「う……だって、貴重な飲み友達ですし、何よりも師匠みたいなきれいな人とは、自分は不釣り合いです」
「ずいぶんと待たされましたよ。振り向いてもらえるチャンスはもうこれしかないと思って、誰でもいいから結婚してほしいと言った時に、僕は強引に結婚したんです」
師匠はウイスキーを飲み干すと、にっこりと笑う。
「でも、結婚をしたところで、ちゃんと僕のことを好きになってもらわなきゃ意味がなかったので、貴女が好きになってくれるまで待って、手も出さないって決めたんです。両想いでいたいって言ってくれた時は、僕のほうが嬉しかったんですよ」
師匠の手が伸びてきて万葉の手を掴む。頬に誘われて、優しくのひらにキスをされると、万葉は恥ずかしくて真っ赤になった。
「せっかく王手をかけたのに、万葉さんに嫌われたら、離婚を切り出されたらと思うと、僕は切なくて苦しかった……臆病ですね、歳を重ねると」
好きな人に好きと言ってもらえないことに、こんなに悩むなんて。そう師匠は呟いた。
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