49 / 73
第5章
第47話
しおりを挟む
「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないでしょうか?」
翌朝、にこやかな師匠に起こされて、万葉は少しだけ痛む頭を外気に当てて冷やした。出かけると言っていたわりに、日中は出かける気配の一ミリもない。ゆっくりと過ごし、むしろ庭の木々の手入れまでしてしまうという、のんびりな時間を過ごした。
そろそろ出かけましょうと言われた時は、すでに陽は傾きかける頃になっており、時刻は十六時を過ぎていた。
「今から行くんですか?」
「そうですよ、万葉さんも、きっと気に入ります」
万葉が歩いて行こうとするのを、師匠が止める。
「車で行きますので。助手席に乗って下さい」
言われて初めて、万葉は家の横にある駐車場に置かれている車に気がついた。万葉が助手席に乗ったのを確認すると、師匠はエンジンをかける。
「では出発です、すぐ着きますけど」
「はあ……」
謎を解くとは言ったものの、全くヒントが分からないままで、万葉は一日モヤモヤとしていた。師匠ははぐらかしの達人で、万葉がいくら渋い顔をしたところで、笑顔ですり抜けてしまう。
やっと答えが分かるのかと思って、ほっとして座席に深く腰掛けたところで、信号で停まる。すると師匠が身を乗り出して覗き込んできた。
「楽しみですか、万葉さん?」
「焦らされましたからね、もう我慢できません」
「あはは、そこだけ切り取って聞くと、とても扇情的ですね」
言われて万葉が目を見開いていると顎をすくわれる。
「……僕もずいぶんと、お預けなんですけどねえ……」
挑発的な視線に、万葉の心臓が跳ねあがった。
「師匠、前。青、青ですよ」
「――はい」
師匠は引き下がると、言葉とは裏腹に嬉しそうに車を動かした。万葉はびっくりした心臓が口から出てしまうのではないかと思いつつ、静かに深い呼吸を繰り返す。窓の外を眺めていると、十五分ほどで駐車場に停車した。
「はい、到着です」
「え、ここ、公民館……?」
「そうですよ」
こっちに来てくださいと言われて、鍵を取り出すと裏口から鍵を開ける。上がってから廊下の先の部屋へと向かい、電気をつけて目に映った光景に、万葉は思わず感嘆の声を漏らした。
「畳! 広い!」
そこは大きな畳の部屋となっていて、長机がいくつも置いてあった。一番前の席には大きな文机が置かれている。師匠がストーブをつけながら控室にあった荷物を持って来て、一番前の席へと広げ始める。
「あ……!」
見ればそこには立派な硯と筆が現れた。
「十七時半から一時間、小学生のお習字の教室なんですよ。本当は父が担当なんですけど、来られない時は僕が代理で来ます……ね、嘘言ってないでしょう?」
「師匠、すごい! 今日は書きますか? 見たいです!」
興奮する万葉に、師匠は嬉しそうに笑って頭を撫でる。
「僕は今日は見本しか書きませんけど、万葉さんが書くなら、お道具をお貸しします」
万葉は迷うことなく頷いた。久しぶりにかいだ墨の匂いに、心が湧きたつようだった。
「じゃあ、小学生たちが来るまでちょっと待っていてください。一番後ろに座って下さいね」
「――はい!」
万葉は思い切り返事をすると、師匠が持って来てくれた予備のお道具を持って、一番後ろの席へと座布団を用意して座り込んだ。
翌朝、にこやかな師匠に起こされて、万葉は少しだけ痛む頭を外気に当てて冷やした。出かけると言っていたわりに、日中は出かける気配の一ミリもない。ゆっくりと過ごし、むしろ庭の木々の手入れまでしてしまうという、のんびりな時間を過ごした。
そろそろ出かけましょうと言われた時は、すでに陽は傾きかける頃になっており、時刻は十六時を過ぎていた。
「今から行くんですか?」
「そうですよ、万葉さんも、きっと気に入ります」
万葉が歩いて行こうとするのを、師匠が止める。
「車で行きますので。助手席に乗って下さい」
言われて初めて、万葉は家の横にある駐車場に置かれている車に気がついた。万葉が助手席に乗ったのを確認すると、師匠はエンジンをかける。
「では出発です、すぐ着きますけど」
「はあ……」
謎を解くとは言ったものの、全くヒントが分からないままで、万葉は一日モヤモヤとしていた。師匠ははぐらかしの達人で、万葉がいくら渋い顔をしたところで、笑顔ですり抜けてしまう。
やっと答えが分かるのかと思って、ほっとして座席に深く腰掛けたところで、信号で停まる。すると師匠が身を乗り出して覗き込んできた。
「楽しみですか、万葉さん?」
「焦らされましたからね、もう我慢できません」
「あはは、そこだけ切り取って聞くと、とても扇情的ですね」
言われて万葉が目を見開いていると顎をすくわれる。
「……僕もずいぶんと、お預けなんですけどねえ……」
挑発的な視線に、万葉の心臓が跳ねあがった。
「師匠、前。青、青ですよ」
「――はい」
師匠は引き下がると、言葉とは裏腹に嬉しそうに車を動かした。万葉はびっくりした心臓が口から出てしまうのではないかと思いつつ、静かに深い呼吸を繰り返す。窓の外を眺めていると、十五分ほどで駐車場に停車した。
「はい、到着です」
「え、ここ、公民館……?」
「そうですよ」
こっちに来てくださいと言われて、鍵を取り出すと裏口から鍵を開ける。上がってから廊下の先の部屋へと向かい、電気をつけて目に映った光景に、万葉は思わず感嘆の声を漏らした。
「畳! 広い!」
そこは大きな畳の部屋となっていて、長机がいくつも置いてあった。一番前の席には大きな文机が置かれている。師匠がストーブをつけながら控室にあった荷物を持って来て、一番前の席へと広げ始める。
「あ……!」
見ればそこには立派な硯と筆が現れた。
「十七時半から一時間、小学生のお習字の教室なんですよ。本当は父が担当なんですけど、来られない時は僕が代理で来ます……ね、嘘言ってないでしょう?」
「師匠、すごい! 今日は書きますか? 見たいです!」
興奮する万葉に、師匠は嬉しそうに笑って頭を撫でる。
「僕は今日は見本しか書きませんけど、万葉さんが書くなら、お道具をお貸しします」
万葉は迷うことなく頷いた。久しぶりにかいだ墨の匂いに、心が湧きたつようだった。
「じゃあ、小学生たちが来るまでちょっと待っていてください。一番後ろに座って下さいね」
「――はい!」
万葉は思い切り返事をすると、師匠が持って来てくれた予備のお道具を持って、一番後ろの席へと座布団を用意して座り込んだ。
16
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした
日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。
若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。
40歳までには結婚したい!
婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。
今更あいつに口説かれても……

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる