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第5章
第46話
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「お疲れ様です、万葉さん」
「お疲れ様です」
ぬる燗に温められた日本酒を二人でおちょこへとよそう。ちん、と杯を合わせてから飲むと、疲れが一気に吹っ飛んでいく気がした。
「美味しいです、師匠」
「良かったです。新玉ねぎのサラダも作ってみましたが、食べますか? おかか乗せ、もちろんポン酢です」
「……いただきます」
ズバリ万葉の好みドンピシャなおつまみチョイスに、万葉は黙ってもぐもぐとエビの入ったシュウマイを口へと運ぶ。辛子をつけすぎて、ぎゅっと目をつぶって痛みに耐えていると、サラダを師匠が出してくれた。
「……驚きましたか、今日?」
いきなり話を振られて、万葉はサラダを摘まんでいた箸を止めた。
「ええもちろん。驚きすぎて震えました」
「あはは、万葉さんらしいです」
「笑い事じゃないですよ。黙っていたなんてひどいです」
「知っていたら、結婚しなかったでしょう?」
言われて万葉は一瞬考えたのだが、確かにと思って頷いた。親会社のしかも役員だと知っていたら、それだけで倦厭していただろうと分かる。
「師匠、だいぶなプレイボーイっぷりでしたよ。きゃあきゃあ、若い子たちが騒いでいました」
「あら、ヤキモチですか?」
「違いますよ……どんな女性でも、ことごとく振っているとかいないとか」
師匠はきょとんとしてから、くつくつと笑い始める。万葉は師匠の空になったおちょこにお酒を注ぐと、笑い事じゃないのにとむっとした。
「そんな噂をされているんですか、僕?」
「マスターも似たようなこと言っていましたよ」
「そんなことないのになあ」
「田中常務にだったら、振られてもいいから告白したいそうです」
「僕は罰ゲームか何かの対象ですか?」
穏やかな顔で至極真面目に言われて、万葉はとっくりを掴むと自分のおちょこになみなみと日本酒を注いだ。
「ああ、手酌するなんて。僕がやるのに」
「嫌がらせです」
「まあ、万葉さん以外に告白されても、僕は、はなから相手にしませんよ……そんな吹き出しそうにならないでください、本当の話です」
「いつから私のこと知っていたんですか?」
「いつからだと思いますか?」
もしかして、万葉が思っているよりも、ずっと前なのではないかと思って、ほんの少し万葉は身構えた。
「師匠、そこはもう教えて下さいよ」
「いいですよ、万葉さんが素直になったら教えます。僕のこと、好きですか?」
それこそ万葉は日本酒をこぼしそうになって、慌てておちょこをテーブルへと戻した。
「ちゃーんと答えてくれたら、僕もお答えします」
師匠が万葉の手を掴んで引き寄せる。誘われた先は師匠の頬で、万葉の手のひらに唇を押し付け、指先に唇を這わせた。色っぽい視線で見つめられて、万葉は惨敗したのを知った。
「……好きです」
「ありがとうございます」
万葉の手を頬にあてて、師匠はまるで子供のようニコニコと笑った。その反則的な笑顔を、まともに見られなくてお酒を仰いだ。
「明日、教えますね」
「え、今じゃないんですか!?」
「楽しみは、すぐじゃないほうがいいもんですよ。明日、お出かけすると言いましたが、そこがヒントです」
結局分からずじまいかと、万葉は椅子の背もたれに大きく寄りかかった。
「じゃあ、明日謎を必ず解いてみせますから、今日は酔い潰れます!」
「あはは、楽しく飲みましょう」
二人でお酒を注ぎ合って、もう一度カチンとおちょこを合わせる。目配せをすると、二人とも一気に喉へとお酒を滑らせた。
「お疲れ様です」
ぬる燗に温められた日本酒を二人でおちょこへとよそう。ちん、と杯を合わせてから飲むと、疲れが一気に吹っ飛んでいく気がした。
「美味しいです、師匠」
「良かったです。新玉ねぎのサラダも作ってみましたが、食べますか? おかか乗せ、もちろんポン酢です」
「……いただきます」
ズバリ万葉の好みドンピシャなおつまみチョイスに、万葉は黙ってもぐもぐとエビの入ったシュウマイを口へと運ぶ。辛子をつけすぎて、ぎゅっと目をつぶって痛みに耐えていると、サラダを師匠が出してくれた。
「……驚きましたか、今日?」
いきなり話を振られて、万葉はサラダを摘まんでいた箸を止めた。
「ええもちろん。驚きすぎて震えました」
「あはは、万葉さんらしいです」
「笑い事じゃないですよ。黙っていたなんてひどいです」
「知っていたら、結婚しなかったでしょう?」
言われて万葉は一瞬考えたのだが、確かにと思って頷いた。親会社のしかも役員だと知っていたら、それだけで倦厭していただろうと分かる。
「師匠、だいぶなプレイボーイっぷりでしたよ。きゃあきゃあ、若い子たちが騒いでいました」
「あら、ヤキモチですか?」
「違いますよ……どんな女性でも、ことごとく振っているとかいないとか」
師匠はきょとんとしてから、くつくつと笑い始める。万葉は師匠の空になったおちょこにお酒を注ぐと、笑い事じゃないのにとむっとした。
「そんな噂をされているんですか、僕?」
「マスターも似たようなこと言っていましたよ」
「そんなことないのになあ」
「田中常務にだったら、振られてもいいから告白したいそうです」
「僕は罰ゲームか何かの対象ですか?」
穏やかな顔で至極真面目に言われて、万葉はとっくりを掴むと自分のおちょこになみなみと日本酒を注いだ。
「ああ、手酌するなんて。僕がやるのに」
「嫌がらせです」
「まあ、万葉さん以外に告白されても、僕は、はなから相手にしませんよ……そんな吹き出しそうにならないでください、本当の話です」
「いつから私のこと知っていたんですか?」
「いつからだと思いますか?」
もしかして、万葉が思っているよりも、ずっと前なのではないかと思って、ほんの少し万葉は身構えた。
「師匠、そこはもう教えて下さいよ」
「いいですよ、万葉さんが素直になったら教えます。僕のこと、好きですか?」
それこそ万葉は日本酒をこぼしそうになって、慌てておちょこをテーブルへと戻した。
「ちゃーんと答えてくれたら、僕もお答えします」
師匠が万葉の手を掴んで引き寄せる。誘われた先は師匠の頬で、万葉の手のひらに唇を押し付け、指先に唇を這わせた。色っぽい視線で見つめられて、万葉は惨敗したのを知った。
「……好きです」
「ありがとうございます」
万葉の手を頬にあてて、師匠はまるで子供のようニコニコと笑った。その反則的な笑顔を、まともに見られなくてお酒を仰いだ。
「明日、教えますね」
「え、今じゃないんですか!?」
「楽しみは、すぐじゃないほうがいいもんですよ。明日、お出かけすると言いましたが、そこがヒントです」
結局分からずじまいかと、万葉は椅子の背もたれに大きく寄りかかった。
「じゃあ、明日謎を必ず解いてみせますから、今日は酔い潰れます!」
「あはは、楽しく飲みましょう」
二人でお酒を注ぎ合って、もう一度カチンとおちょこを合わせる。目配せをすると、二人とも一気に喉へとお酒を滑らせた。
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