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第5章
第45話
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プレゼン後に役員がフロアを見に来るというので緊張しながら待っていたのだが、万葉が休憩室にいる時だったため、それほど詳しくは見ることができなかった。
新海に資料で頭をポコポコ叩かれつつ戻ると、ちょうどフロアから役員たちが出てくるところで、万葉は気まずくてそっぽを向いたのだが、師匠がちらりと横目に万葉を見てにこりと口の端を持ち上げたのが見えた。
「おーさすがに五人まとまってると、迫力あるな」
新海が去って行く後ろ姿を見て呟く。
「そういえば、恵が片思い中の飲み友達って、田中常務みたいな感じ?」
「はああああ!?」
「何だよそんなに驚いて。詳しく知らねーけど、かっこいいって言ってただろ?」
「あーうん、まあ……」
「おっさんなのに、田中常務はかっこいいもんな。背高いし、イケメンだし。あんな感じなら惚れるのも分かるけど、あの年で独身ってことは一癖も二癖もあるだろ。気をつけろよ、取って食われてポイってされるなよ」
「されないわよ」
新海にはまだ言っていないが、師匠とは結婚をしているわけで、すぐにポイっとできない状況ではある。しかし、改めて言われると不安がぐつぐつと湧き上がってくるので、万葉はその感情に蓋をした。
「まあ、ポイってされて泣きついてきたら、俺が胸を貸してやろう。特別にタダでな」
「何それ、お金取るとかあくどい!」
「特別に無料って言っただろうが」
頭をくしゃくしゃと撫でられて、万葉はむっとしながら新海をぶっ叩いた。けらけらと笑いながら去って行く新海に、半眼のにらみを送り付けて、万葉はインカムをつける。
帰社時間になると、すぐさまに退社ボタンを押して、マフラーをぐるぐると首に巻き付けた。気持ちを入れ替えて、慌ててすぐに会社を出る。
三月になって、ほんの少し空気が春めいてきた。桜のつぼみも膨らんできて、日が長くなってきたのを感じる。
その気持ちのいい空気を、胸いっぱいに吸い込んでから電車へと乗り込み、帰宅で混雑する車内に身体を縮こまらせ、二駅我慢をして下車をする。
徒歩五分もかからない自宅へと戻ると、二日分と言われたお泊り道具をボストンバッグに詰め込み、それを肩にかけて駆け出す勢いで家を出た。もちろん向かうのは師匠の家、聞きたいことが山ほどある。
息を切らすほどの早足で師匠の家の前に立つと、チャイムを強く押した。
『開いていますよ、どうぞ』
名乗ろうとしたところを制止するかのように声が聞こえてきて、万葉はすぐさま玄関を開けると家へと入る。引き戸を開けると師匠がいつもの着流し姿で立っていて、どことなくほっとしてしまった。
「……ただいまです、師匠」
「はい、万葉さんお帰りなさい」
「師匠、あの」
「立ち話もあれですから、中へどうぞ」
食えない笑顔に見透かされたようで、万葉は言葉を飲み込むと、連れられてダイニングへと向かった。
「飲みます?」
「今日は……」
飲まないと言いかけた万葉の前に、師匠が日本酒の瓶を掲げる。万葉の好きな銘柄で、思わず眉根を寄せたのだが口元が緩んでしまった。それに気がついた師匠がニコニコと微笑んだ。
「シュウマイと、餃子にしたんですが」
「……負けました。飲みます」
万葉は鞄を和室のソファの横に置き、コートを脱ぐと良い香りを漂わせているダイニングへと向かう。文句の一言二言を言うつもりだったのだが、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
新海に資料で頭をポコポコ叩かれつつ戻ると、ちょうどフロアから役員たちが出てくるところで、万葉は気まずくてそっぽを向いたのだが、師匠がちらりと横目に万葉を見てにこりと口の端を持ち上げたのが見えた。
「おーさすがに五人まとまってると、迫力あるな」
新海が去って行く後ろ姿を見て呟く。
「そういえば、恵が片思い中の飲み友達って、田中常務みたいな感じ?」
「はああああ!?」
「何だよそんなに驚いて。詳しく知らねーけど、かっこいいって言ってただろ?」
「あーうん、まあ……」
「おっさんなのに、田中常務はかっこいいもんな。背高いし、イケメンだし。あんな感じなら惚れるのも分かるけど、あの年で独身ってことは一癖も二癖もあるだろ。気をつけろよ、取って食われてポイってされるなよ」
「されないわよ」
新海にはまだ言っていないが、師匠とは結婚をしているわけで、すぐにポイっとできない状況ではある。しかし、改めて言われると不安がぐつぐつと湧き上がってくるので、万葉はその感情に蓋をした。
「まあ、ポイってされて泣きついてきたら、俺が胸を貸してやろう。特別にタダでな」
「何それ、お金取るとかあくどい!」
「特別に無料って言っただろうが」
頭をくしゃくしゃと撫でられて、万葉はむっとしながら新海をぶっ叩いた。けらけらと笑いながら去って行く新海に、半眼のにらみを送り付けて、万葉はインカムをつける。
帰社時間になると、すぐさまに退社ボタンを押して、マフラーをぐるぐると首に巻き付けた。気持ちを入れ替えて、慌ててすぐに会社を出る。
三月になって、ほんの少し空気が春めいてきた。桜のつぼみも膨らんできて、日が長くなってきたのを感じる。
その気持ちのいい空気を、胸いっぱいに吸い込んでから電車へと乗り込み、帰宅で混雑する車内に身体を縮こまらせ、二駅我慢をして下車をする。
徒歩五分もかからない自宅へと戻ると、二日分と言われたお泊り道具をボストンバッグに詰め込み、それを肩にかけて駆け出す勢いで家を出た。もちろん向かうのは師匠の家、聞きたいことが山ほどある。
息を切らすほどの早足で師匠の家の前に立つと、チャイムを強く押した。
『開いていますよ、どうぞ』
名乗ろうとしたところを制止するかのように声が聞こえてきて、万葉はすぐさま玄関を開けると家へと入る。引き戸を開けると師匠がいつもの着流し姿で立っていて、どことなくほっとしてしまった。
「……ただいまです、師匠」
「はい、万葉さんお帰りなさい」
「師匠、あの」
「立ち話もあれですから、中へどうぞ」
食えない笑顔に見透かされたようで、万葉は言葉を飲み込むと、連れられてダイニングへと向かった。
「飲みます?」
「今日は……」
飲まないと言いかけた万葉の前に、師匠が日本酒の瓶を掲げる。万葉の好きな銘柄で、思わず眉根を寄せたのだが口元が緩んでしまった。それに気がついた師匠がニコニコと微笑んだ。
「シュウマイと、餃子にしたんですが」
「……負けました。飲みます」
万葉は鞄を和室のソファの横に置き、コートを脱ぐと良い香りを漂わせているダイニングへと向かう。文句の一言二言を言うつもりだったのだが、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。
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