43 / 73
第4章
第41話
しおりを挟む
食後にはもう一つ、見せたいものがあります、と師匠が鍋の〆の雑炊をよそいながら万葉を見た。
「まだ何か用意してくれていたんですか?」
それに笑顔で頷いてから、楽しそうに師匠は目を細める。万葉はよそってもらった雑炊を、ふうふうと冷ましながら口へと運ぶ。水炊きの後の雑炊には、鶏の旨味が凝縮されていて、なんとも絶品だった。
万葉は楽しみすぎて、ぺろりと雑炊を平らげると、片付けも半分に師匠に早く早くとせがんだ。階段を上って行くと、初めて師匠の家の二階へと案内された。
「こっちの部屋が僕の寝室です。手前が、僕の仕事部屋です」
奥を指さして師匠が案内し、そして手前の部屋の扉を開けた。
「ここ、片づけました」
電気のスイッチを押すと、パッと部屋が明るくなる。
「物置にしていたんですけど、万葉さんのお部屋にちょうどいいかなと思いまして」
六畳のコンパクトな部屋だが、押し入れもついていて、万葉が今住んでいる部屋よりも快適にさえ見える。
「寝室も見ますか?」
それに万葉は大きく頷き、師匠が寝室へと案内してくれる。広い部屋の真ん中には、大きなベッドが置かれていて、間接照明と観葉植物があった。
「一緒に寝るのが嫌でしたら、ベッド分けてもいいですからね」
それに万葉は気まずくなって、ベッドを見つめながら息を吐いた。
「……嫌、じゃないです」
万葉の答えに、師匠はふふふと笑う。
「そう言ってくれるってことは、だいぶ僕のことを気に入ってくれているようですね?」
覗き込まれて万葉は言葉に詰まった。
「嬉しいなあ。今夜、会えてよかったです、万葉さん」
「それは、私もそう思います。その、会いたかったので」
それから万葉は師匠に向き直った。
「こんなにしてもらって、ありがとうございます。不束者ですが、よろしくお願いします」
お辞儀をしていると、師匠の手が万葉の頭に乗っかって、わしゃわしゃと撫でる。師匠の誠意を見させてもらって、万葉ができることは、この目の前の人を信じることだった。
「いつでも帰ってきてください。ここは、貴女のお家ですからね」
万葉はその優しさに触れて、心が穏やかになって行くのを感じる。寝支度を整えて、一階に布団を出そうとしている師匠を万葉は止めた。
「師匠、私たち夫婦なんですよね?」
「そうですよ。表彰状型の証明書見ますか?」
「そうじゃなくて!」
何を真顔でとんちんかんなことを言っているのだと万葉が眉根を寄せると、師匠はきょとんと目を瞬かせる。
「師匠、その、一緒に寝たいです」
押入れを開けていた師匠は、完全に固まると、しばらくそのまま動かなくなった。
「え、ちょっと師匠? まさか死んだんじゃ――」
「いえ、生きてます」
「驚かせないでよ、びっくりしたじゃない!」
師匠はにっこりと笑うと、嬉しくて固まりましたと頬を緩ませる。
「では一緒に寝て下さい、奥さん」
言われて万葉は恥ずかしくて空気を飲み込んでしまったのだが、手を引かれて寝室へと行くと、身体を横にする。布団からは師匠の慕わしい匂いがして、まるで包み込まれているかのような安心感に、すぐに眠気が来た。
「電気消しますよ。おやすみなさい、万葉さん」
「おやすみなさい、師匠」
すっと師匠の手が伸びてきて、万葉の手を握りしめる。それに握り返すと、さらに万葉の心臓がドキドキする。初めての師匠のベッドに、ものすごく緊張していたのだが、手の温もりが万葉の緊張をほぐしていく。
「師匠、好き……」
師匠からの返事はない。万葉はゆっくりと目を閉じると、そのまま深い眠りにつく。万葉が寝息を立て始めた頃に、寝たふりをしていた師匠が目を開けて、ふうと大きくため息を吐いた。
「年甲斐もなく、僕の方が貴女のことが好きなんですよ、万葉さん」
握った手を持ち上げて、師匠はそこにキスをする。ずっと一緒にいて下さいと呟き、師匠も目を閉じた。
「まだ何か用意してくれていたんですか?」
それに笑顔で頷いてから、楽しそうに師匠は目を細める。万葉はよそってもらった雑炊を、ふうふうと冷ましながら口へと運ぶ。水炊きの後の雑炊には、鶏の旨味が凝縮されていて、なんとも絶品だった。
万葉は楽しみすぎて、ぺろりと雑炊を平らげると、片付けも半分に師匠に早く早くとせがんだ。階段を上って行くと、初めて師匠の家の二階へと案内された。
「こっちの部屋が僕の寝室です。手前が、僕の仕事部屋です」
奥を指さして師匠が案内し、そして手前の部屋の扉を開けた。
「ここ、片づけました」
電気のスイッチを押すと、パッと部屋が明るくなる。
「物置にしていたんですけど、万葉さんのお部屋にちょうどいいかなと思いまして」
六畳のコンパクトな部屋だが、押し入れもついていて、万葉が今住んでいる部屋よりも快適にさえ見える。
「寝室も見ますか?」
それに万葉は大きく頷き、師匠が寝室へと案内してくれる。広い部屋の真ん中には、大きなベッドが置かれていて、間接照明と観葉植物があった。
「一緒に寝るのが嫌でしたら、ベッド分けてもいいですからね」
それに万葉は気まずくなって、ベッドを見つめながら息を吐いた。
「……嫌、じゃないです」
万葉の答えに、師匠はふふふと笑う。
「そう言ってくれるってことは、だいぶ僕のことを気に入ってくれているようですね?」
覗き込まれて万葉は言葉に詰まった。
「嬉しいなあ。今夜、会えてよかったです、万葉さん」
「それは、私もそう思います。その、会いたかったので」
それから万葉は師匠に向き直った。
「こんなにしてもらって、ありがとうございます。不束者ですが、よろしくお願いします」
お辞儀をしていると、師匠の手が万葉の頭に乗っかって、わしゃわしゃと撫でる。師匠の誠意を見させてもらって、万葉ができることは、この目の前の人を信じることだった。
「いつでも帰ってきてください。ここは、貴女のお家ですからね」
万葉はその優しさに触れて、心が穏やかになって行くのを感じる。寝支度を整えて、一階に布団を出そうとしている師匠を万葉は止めた。
「師匠、私たち夫婦なんですよね?」
「そうですよ。表彰状型の証明書見ますか?」
「そうじゃなくて!」
何を真顔でとんちんかんなことを言っているのだと万葉が眉根を寄せると、師匠はきょとんと目を瞬かせる。
「師匠、その、一緒に寝たいです」
押入れを開けていた師匠は、完全に固まると、しばらくそのまま動かなくなった。
「え、ちょっと師匠? まさか死んだんじゃ――」
「いえ、生きてます」
「驚かせないでよ、びっくりしたじゃない!」
師匠はにっこりと笑うと、嬉しくて固まりましたと頬を緩ませる。
「では一緒に寝て下さい、奥さん」
言われて万葉は恥ずかしくて空気を飲み込んでしまったのだが、手を引かれて寝室へと行くと、身体を横にする。布団からは師匠の慕わしい匂いがして、まるで包み込まれているかのような安心感に、すぐに眠気が来た。
「電気消しますよ。おやすみなさい、万葉さん」
「おやすみなさい、師匠」
すっと師匠の手が伸びてきて、万葉の手を握りしめる。それに握り返すと、さらに万葉の心臓がドキドキする。初めての師匠のベッドに、ものすごく緊張していたのだが、手の温もりが万葉の緊張をほぐしていく。
「師匠、好き……」
師匠からの返事はない。万葉はゆっくりと目を閉じると、そのまま深い眠りにつく。万葉が寝息を立て始めた頃に、寝たふりをしていた師匠が目を開けて、ふうと大きくため息を吐いた。
「年甲斐もなく、僕の方が貴女のことが好きなんですよ、万葉さん」
握った手を持ち上げて、師匠はそこにキスをする。ずっと一緒にいて下さいと呟き、師匠も目を閉じた。
21
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
同期に恋して
美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務
高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部
同期入社の2人。
千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。
平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。
千夏は同期の関係を壊せるの?
「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~
けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」
片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。
嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。
「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」
結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。
大好きな彼の双子の弟。
第一印象は最悪――
なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。
愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。
あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる