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第4章
第33話
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甘やかしすぎだ、と万葉は思った。結婚したのだから、今すぐにでも引っ越せと怒っても良かったのだ。なのに師匠は、優しく抱きしめるだけで、相変わらずに万葉を責めようとはしない。
「好きになってもらって構いませんから、安心してください。貴女が僕を捨てることはあっても、僕は貴女を、手放すつもりはないですよ」
ニコッと笑いながら師匠は万葉を解放すると、時計をちらりと見つめた。
「そろそろ帰りますね。あまり遅くなってしまうと良くないですから」
「え、帰っちゃうんですか?」
万葉の反応に、師匠はいつものにこやかな笑みを顔に乗せる。
「あはは、僕が帰っちゃったら寂しいですか?」
万葉はしばらく口を引き結んで、尖らせた後に恨めしそうに師匠を見た。
「……せっかく会えたのに」
「おや、そう来るとは思っていませんでした。これは、僕の予想以上に、僕のことを気にかけてくれていると、自負してもいいでしょうか?」
師匠の手が伸びてきて、万葉の頬に優しく触れる。覗き込まれて距離を縮められると、万葉は慌てた。
「こんな寒い時間に外を歩くなんて、ご老体に障ります!」
「あはは、照れ隠しですね。可愛いなあ万葉さんは。でも僕、お泊りの予定じゃなかったから、何も持って来ていません」
「部屋着、貸します。師匠が、その、泊まるの嫌じゃなければ……」
「嫌ですよ」
「え!?」
しれっと言われて、万葉は驚いた。てっきり喜んで泊まるかと思ったのに、まさか嫌だとはっきり言われるとは思わなかった。
「嫌に決まっています。貴女の部屋着姿を見て、理性を保っていなくてはいけない苦痛が待ち受けているかと思うと、ため息しか出ません」
「なんですか、その理屈は……」
「ですが、万葉さんから、やっとお泊りの許可がでているのに、それを断るという野暮なこともしたくありません。困ったものです」
万葉は聞いた自分が愚かだったかもしれないと思った。
「でも、泊まります。部屋着貸してくださいね」
にこりと微笑まれて、万葉は大きくため息を吐いた。この調子でずっといられてしまったら、万葉が師匠を好きになることの方が、時間の問題のように思われた。そして、もうすでに万葉は師匠のことを、どうしようもないくらいには好きになっている。
「先にお風呂入って下さい。私、色々準備しますから」
師匠があまりにも嬉しそうに笑うので、万葉は言葉を失ってしまった。いつでも穏やかでにこやかな人だけれど、こんなに嬉しそうにしているのは、自分が特別だからだと思ってもいいのかもしれない。
そんな風に思えるさわやかな笑みに、万葉はすぐさまお湯を沸かし、師匠の部屋着の準備をした。
弟が来た時に置いて行った部屋着一式があったので、それを出してくると師匠にもぴったりだった。
「あのアホの弟が忘れて行ったものが役に立つとは……でも師匠の方が大きいから、ちょっときついかな?」
「いえいえ、そちらで大丈夫ですよ。ありがとうございます」
師匠が、ではお先にと風呂に入ったのを確認して、万葉は会えた嬉しさが収まらない。そして、まさか師匠が、自分の部屋に泊まるとは思っていなかったので、胸が張り裂けてしまわないか心配になった。
「どうしよう、師匠が私の部屋に……」
万葉はクローゼットから掛布団を引っ張り出してくると、畳んで置いておく。片づけをしたり仕事のカバンの整理をしているうちに師匠が出てきて、万葉は交替でお風呂へと入った。
「好きになってもらって構いませんから、安心してください。貴女が僕を捨てることはあっても、僕は貴女を、手放すつもりはないですよ」
ニコッと笑いながら師匠は万葉を解放すると、時計をちらりと見つめた。
「そろそろ帰りますね。あまり遅くなってしまうと良くないですから」
「え、帰っちゃうんですか?」
万葉の反応に、師匠はいつものにこやかな笑みを顔に乗せる。
「あはは、僕が帰っちゃったら寂しいですか?」
万葉はしばらく口を引き結んで、尖らせた後に恨めしそうに師匠を見た。
「……せっかく会えたのに」
「おや、そう来るとは思っていませんでした。これは、僕の予想以上に、僕のことを気にかけてくれていると、自負してもいいでしょうか?」
師匠の手が伸びてきて、万葉の頬に優しく触れる。覗き込まれて距離を縮められると、万葉は慌てた。
「こんな寒い時間に外を歩くなんて、ご老体に障ります!」
「あはは、照れ隠しですね。可愛いなあ万葉さんは。でも僕、お泊りの予定じゃなかったから、何も持って来ていません」
「部屋着、貸します。師匠が、その、泊まるの嫌じゃなければ……」
「嫌ですよ」
「え!?」
しれっと言われて、万葉は驚いた。てっきり喜んで泊まるかと思ったのに、まさか嫌だとはっきり言われるとは思わなかった。
「嫌に決まっています。貴女の部屋着姿を見て、理性を保っていなくてはいけない苦痛が待ち受けているかと思うと、ため息しか出ません」
「なんですか、その理屈は……」
「ですが、万葉さんから、やっとお泊りの許可がでているのに、それを断るという野暮なこともしたくありません。困ったものです」
万葉は聞いた自分が愚かだったかもしれないと思った。
「でも、泊まります。部屋着貸してくださいね」
にこりと微笑まれて、万葉は大きくため息を吐いた。この調子でずっといられてしまったら、万葉が師匠を好きになることの方が、時間の問題のように思われた。そして、もうすでに万葉は師匠のことを、どうしようもないくらいには好きになっている。
「先にお風呂入って下さい。私、色々準備しますから」
師匠があまりにも嬉しそうに笑うので、万葉は言葉を失ってしまった。いつでも穏やかでにこやかな人だけれど、こんなに嬉しそうにしているのは、自分が特別だからだと思ってもいいのかもしれない。
そんな風に思えるさわやかな笑みに、万葉はすぐさまお湯を沸かし、師匠の部屋着の準備をした。
弟が来た時に置いて行った部屋着一式があったので、それを出してくると師匠にもぴったりだった。
「あのアホの弟が忘れて行ったものが役に立つとは……でも師匠の方が大きいから、ちょっときついかな?」
「いえいえ、そちらで大丈夫ですよ。ありがとうございます」
師匠が、ではお先にと風呂に入ったのを確認して、万葉は会えた嬉しさが収まらない。そして、まさか師匠が、自分の部屋に泊まるとは思っていなかったので、胸が張り裂けてしまわないか心配になった。
「どうしよう、師匠が私の部屋に……」
万葉はクローゼットから掛布団を引っ張り出してくると、畳んで置いておく。片づけをしたり仕事のカバンの整理をしているうちに師匠が出てきて、万葉は交替でお風呂へと入った。
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