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第4章
第32話
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その返しに、師匠がぐいっと万葉の顎を掴んだ。
「え、師匠――!?」
有無を言わせず覗き込まれて、笑みの消えた顔と真剣な視線に、万葉は動けなくなった。
「師匠、近い……」
万葉さんと呼ばれて、コツンと額が付けられる。思わず目をつぶってから、恐る恐る開けると、ほんの少し怒ったような瞳があった。
「待ちますけれど」
師匠のもう一方の手が伸びてきて、万葉の首筋に触れる。ふと顔が傾いて、唇が触れそうになる。吐息が唇にかかり、万葉は呼吸を止めた。
「待ちますけれど、いざとなったら、僕は貴女をここから引っ張って、あの家に無理やり連れて行くことだって考えているんですよ」
唇が触れる代わりに、親指が万葉の口元を撫でていく。
「……それくらい、僕だって狼な部分ありますからね?」
「――っ」
逃げ腰になる上半身を押さえられて、師匠は万葉を逃がさない。首筋に唇がやんわりと触れて、舌の先が当たる。思わず万葉の身体がぞくりとした。
「こう言えばわかりますか? 我慢してるんです、貴女という据え膳に」
「師匠、首は……」
「弱いんですか?」
「ちが」
確信的に皮膚に唇が当たり、そのまま軽く吸われる。
「師匠っ……」
「……あんまり待たせすぎると良くないって、分かってくれたらいいんですけど」
ぽつりと呟いて離れていくと、いつもの穏やかな笑みが見えた。座っていたから良かったものの、万葉は腰が抜けたのを自覚した。
「何をそんなに躊躇っているのか知りませんけど、僕は貴女とだから結婚したんですよ。悪いようにはなりませんから」
不安を見透かされているのを知って、万葉は唇を噛んだ。
「でも、師匠……怖くて」
「僕がですか? 結婚したことがですか?」
師匠に優しく髪の毛を撫でられて、万葉はうつむきつつ視線を外した。
「……好きになっちゃうことが。そもそも、私のわがままで結婚したわけだし、好きになった後に、別れて欲しいって言われたらどうしようかと……」
「バカですね」
伸ばされた腕に、万葉がすっぽりと収まる。師匠の香りが懐かしくて、思わず顔をうずめた。
「そんなこと言うようなら、最初から結婚しませんよ」
相手に困っているわけじゃないと言ったじゃないですか、と言われて、万葉は照れ隠しでむっとする。
「えーえー、まあ、師匠のことですから、大変におモテになられていらっしゃるようですからね」
「そうですよ。でも、結果として貴女を選びました。これが答えじゃ足りませんか?」
ぎゅっと抱きしめる力が強まり、万葉の心臓が爆発しそうになる。百戦錬磨の師匠を射止めてしまった自分の、一体どこが良かったのかと思わずにはいられない。
「……足りてます。頭ではわかりました。でも、まだちょっと、展開が早すぎて、気持ちが追い付いていません」
「まあ……時間が解決することもありますからね」
師匠は万葉の頭をしばらく、よしよしと優しく撫でた。
「え、師匠――!?」
有無を言わせず覗き込まれて、笑みの消えた顔と真剣な視線に、万葉は動けなくなった。
「師匠、近い……」
万葉さんと呼ばれて、コツンと額が付けられる。思わず目をつぶってから、恐る恐る開けると、ほんの少し怒ったような瞳があった。
「待ちますけれど」
師匠のもう一方の手が伸びてきて、万葉の首筋に触れる。ふと顔が傾いて、唇が触れそうになる。吐息が唇にかかり、万葉は呼吸を止めた。
「待ちますけれど、いざとなったら、僕は貴女をここから引っ張って、あの家に無理やり連れて行くことだって考えているんですよ」
唇が触れる代わりに、親指が万葉の口元を撫でていく。
「……それくらい、僕だって狼な部分ありますからね?」
「――っ」
逃げ腰になる上半身を押さえられて、師匠は万葉を逃がさない。首筋に唇がやんわりと触れて、舌の先が当たる。思わず万葉の身体がぞくりとした。
「こう言えばわかりますか? 我慢してるんです、貴女という据え膳に」
「師匠、首は……」
「弱いんですか?」
「ちが」
確信的に皮膚に唇が当たり、そのまま軽く吸われる。
「師匠っ……」
「……あんまり待たせすぎると良くないって、分かってくれたらいいんですけど」
ぽつりと呟いて離れていくと、いつもの穏やかな笑みが見えた。座っていたから良かったものの、万葉は腰が抜けたのを自覚した。
「何をそんなに躊躇っているのか知りませんけど、僕は貴女とだから結婚したんですよ。悪いようにはなりませんから」
不安を見透かされているのを知って、万葉は唇を噛んだ。
「でも、師匠……怖くて」
「僕がですか? 結婚したことがですか?」
師匠に優しく髪の毛を撫でられて、万葉はうつむきつつ視線を外した。
「……好きになっちゃうことが。そもそも、私のわがままで結婚したわけだし、好きになった後に、別れて欲しいって言われたらどうしようかと……」
「バカですね」
伸ばされた腕に、万葉がすっぽりと収まる。師匠の香りが懐かしくて、思わず顔をうずめた。
「そんなこと言うようなら、最初から結婚しませんよ」
相手に困っているわけじゃないと言ったじゃないですか、と言われて、万葉は照れ隠しでむっとする。
「えーえー、まあ、師匠のことですから、大変におモテになられていらっしゃるようですからね」
「そうですよ。でも、結果として貴女を選びました。これが答えじゃ足りませんか?」
ぎゅっと抱きしめる力が強まり、万葉の心臓が爆発しそうになる。百戦錬磨の師匠を射止めてしまった自分の、一体どこが良かったのかと思わずにはいられない。
「……足りてます。頭ではわかりました。でも、まだちょっと、展開が早すぎて、気持ちが追い付いていません」
「まあ……時間が解決することもありますからね」
師匠は万葉の頭をしばらく、よしよしと優しく撫でた。
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