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第4章
第31話
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「お邪魔します」
「どうぞ、散らかっていますけど……来るなら言ってくれれば、少しは片づけられたんですけどね。突撃されるとは思ってもみなかったから」
「片付けしている時間が惜しいです。早く万葉さんに会いたくって、我慢できなくて来ちゃいました」
見れば、心底嬉しそうな顔をした師匠の笑顔と、視線がばっちり合う。えくぼが師匠のご機嫌を表していた。
「……そういうところが、手練れた天然ジゴロです。おこた入っててください」
「いいですね、おこた。僕、大好きですよ」
「師匠、風邪は治りましたか? ご飯食べてないですよね?」
「風邪はもうばっちりです。お夕飯はまだです。どこかへ食べに行きますか?」
そこで万葉《かずは》は冷蔵庫を開けて見てみる。
「豚肉とキャベツの味噌炒めなら作れます」
師匠がおこたでぬくぬくしながら、「奥さんの手料理、最高ですね」と満足そうに身体を机の上にでれんと乗せている。相当機嫌がいいのが分かって、万葉は憎めなくて微笑むと、さっそく料理に取り掛かった。
「お手伝い、いりますか?」
「いいですよ。ご老体はお疲れでしょうから、休んでいてください」
「ではお言葉に甘えて。忙しかったご老体はおこたにいますね」
みかんがあったのを思い出してそれを一つ師匠に渡して、テレビをつける。トーク番組が流れだして、師匠は目を細めてそれを見た。その姿を横目に、万葉はパパッと料理をこしらえると、テーブルの上に並べた。
「わあ、美味しそうです万葉さん……お味噌汁いい匂い」
「こんなものしか用意できなくてごめんなさい」
「いえいえ、嬉しすぎて……。来てよかったです」
本当にうれしそうにしているので、万葉は今まで会えなかった文句や不安が、一瞬にして解けて行ってしまった。
美味しい美味しいと言いながら食べる姿に、万葉は気持ちが満たされた。食後にアイスクリームを半分こして食べたところで、お腹がいっぱいになった。
「はあ、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした。それにしても、万葉さんのお部屋、物が少ないですね」
「そうですかね……まあ、必要最低限しか持っていないですけど」
彼氏と別れてから、デート服を一気に整理した。おかげで、通勤服しか持ち合わせていないのも、何かと物が少なくて済んでいるコツだった。趣味の書道も大掛かりな道具が必要なものではないし、本も電子書籍で購入するようになってからは、一気に物が減った。
「これくらいでしたら、僕が車借りてきてもいけそうですね、お引越し」
「え……師匠。まさか私の部屋の様子、下見に来たんですか?」
「会いたくて来たんですよ、って言いましたよね?」
ニコニコと食えない笑みで返されて、万葉はこれはどっちが本当か分からなくなる。
「でも、本当にお引越し考えないと。もう卒業シーズンで、業者さんは予約が取れなくなりますよ?」
言われて、そういえばこの部屋の更新が四月だったのを思い出す。今それを口に出したら、すぐさま師匠は車を借りて、今すぐ引っ越しだと言いかねない。なので、万葉はそのことを黙っておいた。
「そうですか……でも、ちょっと待ってください。引っ越しするなら、荷物をもう少し片づけたいです」
本当は、引っ越しするのがほんの少し怖かった。このまま一緒に暮らして、大丈夫だろうかと、不安がよぎる。
元々は万葉のエゴでした結婚だ。いつか師匠が、やっぱりわがままに付き合っていられないから別れましょう、と言ってくるリスクを考えておかないと、手ひどいしっぺ返しを食らいたくはない。
万が一好きになってしまってから、さようならを言われたら。万葉は心のどこかでそれを恐れている。手放しで結婚を喜べるほど、夢見る年齢でいられなくなっている自分がいた。
「どうぞ、散らかっていますけど……来るなら言ってくれれば、少しは片づけられたんですけどね。突撃されるとは思ってもみなかったから」
「片付けしている時間が惜しいです。早く万葉さんに会いたくって、我慢できなくて来ちゃいました」
見れば、心底嬉しそうな顔をした師匠の笑顔と、視線がばっちり合う。えくぼが師匠のご機嫌を表していた。
「……そういうところが、手練れた天然ジゴロです。おこた入っててください」
「いいですね、おこた。僕、大好きですよ」
「師匠、風邪は治りましたか? ご飯食べてないですよね?」
「風邪はもうばっちりです。お夕飯はまだです。どこかへ食べに行きますか?」
そこで万葉《かずは》は冷蔵庫を開けて見てみる。
「豚肉とキャベツの味噌炒めなら作れます」
師匠がおこたでぬくぬくしながら、「奥さんの手料理、最高ですね」と満足そうに身体を机の上にでれんと乗せている。相当機嫌がいいのが分かって、万葉は憎めなくて微笑むと、さっそく料理に取り掛かった。
「お手伝い、いりますか?」
「いいですよ。ご老体はお疲れでしょうから、休んでいてください」
「ではお言葉に甘えて。忙しかったご老体はおこたにいますね」
みかんがあったのを思い出してそれを一つ師匠に渡して、テレビをつける。トーク番組が流れだして、師匠は目を細めてそれを見た。その姿を横目に、万葉はパパッと料理をこしらえると、テーブルの上に並べた。
「わあ、美味しそうです万葉さん……お味噌汁いい匂い」
「こんなものしか用意できなくてごめんなさい」
「いえいえ、嬉しすぎて……。来てよかったです」
本当にうれしそうにしているので、万葉は今まで会えなかった文句や不安が、一瞬にして解けて行ってしまった。
美味しい美味しいと言いながら食べる姿に、万葉は気持ちが満たされた。食後にアイスクリームを半分こして食べたところで、お腹がいっぱいになった。
「はあ、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした。それにしても、万葉さんのお部屋、物が少ないですね」
「そうですかね……まあ、必要最低限しか持っていないですけど」
彼氏と別れてから、デート服を一気に整理した。おかげで、通勤服しか持ち合わせていないのも、何かと物が少なくて済んでいるコツだった。趣味の書道も大掛かりな道具が必要なものではないし、本も電子書籍で購入するようになってからは、一気に物が減った。
「これくらいでしたら、僕が車借りてきてもいけそうですね、お引越し」
「え……師匠。まさか私の部屋の様子、下見に来たんですか?」
「会いたくて来たんですよ、って言いましたよね?」
ニコニコと食えない笑みで返されて、万葉はこれはどっちが本当か分からなくなる。
「でも、本当にお引越し考えないと。もう卒業シーズンで、業者さんは予約が取れなくなりますよ?」
言われて、そういえばこの部屋の更新が四月だったのを思い出す。今それを口に出したら、すぐさま師匠は車を借りて、今すぐ引っ越しだと言いかねない。なので、万葉はそのことを黙っておいた。
「そうですか……でも、ちょっと待ってください。引っ越しするなら、荷物をもう少し片づけたいです」
本当は、引っ越しするのがほんの少し怖かった。このまま一緒に暮らして、大丈夫だろうかと、不安がよぎる。
元々は万葉のエゴでした結婚だ。いつか師匠が、やっぱりわがままに付き合っていられないから別れましょう、と言ってくるリスクを考えておかないと、手ひどいしっぺ返しを食らいたくはない。
万が一好きになってしまってから、さようならを言われたら。万葉は心のどこかでそれを恐れている。手放しで結婚を喜べるほど、夢見る年齢でいられなくなっている自分がいた。
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