うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第3章

第30話

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 師匠が言っていた通り、月曜日に居酒屋へ立ち寄ったが師匠の姿は見えず、ちょっとだけ落胆しながら万葉は帰路へと着いた。

 マスターとのおしゃべりで心は穏やかになり、美味しい料理とちょっとだけ飲むお酒に気分は高揚したのだが、やっぱりいつもの顔を見ないとどうもおさまりが悪い。

 忙しいと言っていたのを気にして電話もできず、木曜日になっても現れない師匠に、がっかりする。もう風邪は治ったのだろうかとか、忙しいのだろうかとか考えて、そのことで頭がいっぱいになってしまった。

「万葉ちゃん、大丈夫? 師匠と会えていないの?」

「え、うん、まあ……。忙しいみたいで」

「まだお引越しもしていないのよね? 早く一緒に住んじゃえば? そうしたら、そんな顔せずに済むと思うけど」

 マスターが心配そうにしていて、万葉は苦笑いをする。

「うーん、でもまだ心の準備が整わなくって」

「そお? 師匠にすんごい惚れている顔しているけど?」

「まあ、確かに……。でもマスター、こんなに好きになっちゃって大丈夫かな?」

 マスターは、万葉に温かいお茶を出しながら、けらけらと笑い始める。

「大丈夫も何も、夫婦じゃないの。そんな簡単に離れられないご縁でしょ? 大丈夫よ、師匠は万葉ちゃんが寄りかかっても、きっちり支えてくれる人よ」

(――だって、ずっと貴女一筋だったのよ?)

 マスターは胸中で呟いてから、不安そうな顔をする万葉の手をがっちりと握った。そのあまりの力の強さに、万葉の目が真ん丸に見開かれる。

「アタシを信じなさい。人を好きになるって素晴らしいことだって、きっと師匠なら貴女に教えてくれるわ」

 マスターの力強い言葉に、万葉は頷いた。

「ありがとう、マスター」

「その調子よ、万葉ちゃん!」

 鼓舞してもらったものの、アラサーになってやってきた乙女心をこじらせている万葉は、その日の夜も、翌日も電話すらできずにいた。メールでも入れておこうか、月曜日は会えるのかとモヤモヤしながら一週間の仕事を終えて帰宅すると、マンションのエントランスに見慣れた人影を見つけた。

「え、まさか師匠――?」

 万葉が駆け寄ると、足音に気がついた背の高い人物が振り返って、万葉を見ると穏やかな笑みを向けた。

「こんばんは、万葉さん。月が、きれいですね」

「師匠、なんで……!? っていうか、寒いのに外にいたんですか? 早く部屋に上がって下さい」

 万葉は師匠を引っ張って、エントランス部分から中へと入れる。エレベーターのボタンを押して足早に乗り込んだ。

「こんなに身体冷やして。病み上がりで忙しかったのに、ぶり返したら元も子もないじゃないですか!」

「でも、こうしたら万葉さんが、僕を部屋に入れてくれると思っていましたから」

 ぎゅっと抱きしめられて、万葉はまたもや師匠の策略にはまったと気がついた。懐かしい香りが万葉を包み込み、冷え切った羽織の下から、師匠の温かいぬくもりを感じる。

「師匠、もう……」

 チーンとベルが鳴ってエレベーターの扉が開くと、すんなりと師匠は万葉を解放する。降りて万葉は師匠の袂をほんの少しだけ引っ張った。

「ずるい、いつもそうやって……!」

(心を乱してくるんだから――)

「そう言う割には、嬉しそうな顔をしていますよ、万葉さん」

「もともとこういう顔です! 早く入りましょう!」

 万葉は師匠の笑顔に頬を紅潮させると、ニコニコと嬉しそうな師匠を引っ張って部屋へと入った。
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