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第3章
第28話
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仕事中だというのに、全く身にはいらないのは、師匠の唇が触れたせいだと、万葉は盛大に人のせいにしていた。
昨晩、師匠が触れた首元が妙にざわついて、朝から心もとない。結局髪の毛をまとめるのが何となくためらわれて、今日はハーフアップにしている。首筋を誰かに見られたら、昨日の甘い感触が消えてしまいそうな気がした。
「どうしたの、恵ちゃん?」
桃花が声をかけてきて、渋い顔をしたままパソコンとにらめっこしていた万葉は、すぐさま眉根のしわをほぐした。
「大丈夫? 難しい顔しているけれど」
「桃花さんやばい、これはやばい。やばい案件すぎる……!」
トラブルがあったのかと思って、桃花がとっさに退席中にして、万葉の席へと近寄った。
「大丈夫? 変なお客さん?」
「違う、仕事じゃなくて……師匠のことで」
それに桃花はきょとんとした後に、ふふふと笑みを口元に乗せた。
「立派に恋しちゃった感じ?」
「……そんな感じ。師匠のことが気になって気になって。だってなんか、ずるいんだもん」
一人にするなと言ったり、かといって風邪を引けばうつしたくないから泊まるなと言い、その割にちょっとだけ弱気なところを見せられて抱きつかれたら、気にならないほうがおかしい。
「泊まれだの泊まるなだの、自慢の奥さんだって抱きついてきたり……でも手出しはして来ないし、その手前の手前の手前くらいでドキドキさせられて、私ばっかり手のひらで踊っている気分」
「あらそれ惚気?」
「違う、悩み!」
神妙な顔で悩む万葉に、近づいてきていた新海が、丸めた資料で万葉の頭をポコポコと叩いた。
「ちょっともうっ――新海!」
「おー、よく俺だって分かったな」
「分かるわよ、私のこと叩くのあんたくらいなんだから!」
「ははは! で、どうした止まってるけど……クレーム?」
二人が離席しているので、新海は心配して見に来たようだった。
「クレームじゃない、大丈夫、何でもない」
「なんだよ、歯切れ悪いな。まさか恋の悩み……って恵に限ってそれはないか。酒とおつまみが恋人のお前の事だから……」
そこまで言ってから、新海は眉根をひそめた。
「……まさか、本当に恋の悩み?」
新海の顔が迫ってきて、万葉は声を詰まらせると同時に顔中が真っ赤になった。新海がぽこんと、万葉の頭をもう一度叩く。
「顔に出過ぎ。まさか恵に気になる奴ができるなんてな……一体どんなイケメンに惚れたんだよ?」
まさか、居酒屋の?と新海が追い打ちをかけて、万葉は咄嗟に「違う違う!」と手を振ったのだが、その反応は肯定でしかなかった。
「へえ、三年も進展のない飲み友達に惚れたんだ?」
「だから違うってば、そんなんじゃ」
「ってことはいい年してんじゃねーの?」
万葉は、もうこれは何を言っても無駄だなと思ってため息を吐いた。新海に下手に言い訳すれば、突っ込まれるだけだった。
「……一回りは違うけど、見た目はそんなふうじゃないし」
「ひとまわっ……おっさんじゃんか!」
目を見開いた新海に、万葉は口を尖らせた。
「良いじゃん、好きになっちゃったんだから……好きに年齢は関係ないし」
「あらー、やっぱり立派に恋しているわね、恵ちゃん!」
桃花が嬉しそうにニコッと笑って、また話聞かせてよね、とウインクする。気持ちを肯定してしまった万葉は、顔を一人だけ真っ赤にして、新海に鬱陶しそうにされたのだった。
昨晩、師匠が触れた首元が妙にざわついて、朝から心もとない。結局髪の毛をまとめるのが何となくためらわれて、今日はハーフアップにしている。首筋を誰かに見られたら、昨日の甘い感触が消えてしまいそうな気がした。
「どうしたの、恵ちゃん?」
桃花が声をかけてきて、渋い顔をしたままパソコンとにらめっこしていた万葉は、すぐさま眉根のしわをほぐした。
「大丈夫? 難しい顔しているけれど」
「桃花さんやばい、これはやばい。やばい案件すぎる……!」
トラブルがあったのかと思って、桃花がとっさに退席中にして、万葉の席へと近寄った。
「大丈夫? 変なお客さん?」
「違う、仕事じゃなくて……師匠のことで」
それに桃花はきょとんとした後に、ふふふと笑みを口元に乗せた。
「立派に恋しちゃった感じ?」
「……そんな感じ。師匠のことが気になって気になって。だってなんか、ずるいんだもん」
一人にするなと言ったり、かといって風邪を引けばうつしたくないから泊まるなと言い、その割にちょっとだけ弱気なところを見せられて抱きつかれたら、気にならないほうがおかしい。
「泊まれだの泊まるなだの、自慢の奥さんだって抱きついてきたり……でも手出しはして来ないし、その手前の手前の手前くらいでドキドキさせられて、私ばっかり手のひらで踊っている気分」
「あらそれ惚気?」
「違う、悩み!」
神妙な顔で悩む万葉に、近づいてきていた新海が、丸めた資料で万葉の頭をポコポコと叩いた。
「ちょっともうっ――新海!」
「おー、よく俺だって分かったな」
「分かるわよ、私のこと叩くのあんたくらいなんだから!」
「ははは! で、どうした止まってるけど……クレーム?」
二人が離席しているので、新海は心配して見に来たようだった。
「クレームじゃない、大丈夫、何でもない」
「なんだよ、歯切れ悪いな。まさか恋の悩み……って恵に限ってそれはないか。酒とおつまみが恋人のお前の事だから……」
そこまで言ってから、新海は眉根をひそめた。
「……まさか、本当に恋の悩み?」
新海の顔が迫ってきて、万葉は声を詰まらせると同時に顔中が真っ赤になった。新海がぽこんと、万葉の頭をもう一度叩く。
「顔に出過ぎ。まさか恵に気になる奴ができるなんてな……一体どんなイケメンに惚れたんだよ?」
まさか、居酒屋の?と新海が追い打ちをかけて、万葉は咄嗟に「違う違う!」と手を振ったのだが、その反応は肯定でしかなかった。
「へえ、三年も進展のない飲み友達に惚れたんだ?」
「だから違うってば、そんなんじゃ」
「ってことはいい年してんじゃねーの?」
万葉は、もうこれは何を言っても無駄だなと思ってため息を吐いた。新海に下手に言い訳すれば、突っ込まれるだけだった。
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目を見開いた新海に、万葉は口を尖らせた。
「良いじゃん、好きになっちゃったんだから……好きに年齢は関係ないし」
「あらー、やっぱり立派に恋しているわね、恵ちゃん!」
桃花が嬉しそうにニコッと笑って、また話聞かせてよね、とウインクする。気持ちを肯定してしまった万葉は、顔を一人だけ真っ赤にして、新海に鬱陶しそうにされたのだった。
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