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第3章
第25話
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木曜日になると心が浮足立つ。それは、ついこの間までは、居酒屋でお一人様を楽しむことができるというものだったが、今では師匠と会えるというワクワクが追加された。
二回目に師匠の家に泊まって、それから居酒屋で一度会ったきり、師匠も忙しいのかなかなか顔を見ない。師匠は基本的にメールはしないと言っていたので、結局メールしたところで気がつかないのだろうと万葉は分かっていた。
電話をするくらいならば、会いたい。電話をしてしまったら、たまらず会いに行ってしまいたくなる。それはまるで大人な恋愛とはかけ離れているし、これ以上、わがままを師匠に押し付けるのは気が引けていた。
結婚をしたいという万葉のわがままを、師匠は充分に満たしてくれている。これ以上望むのは、傲慢だと万葉は思っていた。
「こんばんは……」
今日も忙しくていないかもしれないと思いながら、居酒屋の引き戸を開ける。マスターの威勢のいい「いらっしゃい、万葉ちゃん!」と言う声と共に、カウンター席に座る人物を目視して、万葉はほっと息を吐いた。
「こんばんは、万葉さん」
「師匠……!」
会いたかったという言葉を飲み込んで、万葉は駆け寄ると隣に座った。
「やっと会えましたね、万葉さん。仕事は、忙しいですか?」
「その言葉そのまんまお返しします。師匠の方が忙しくて、しばらくここに顔を出さなかったじゃないですか」
「あはは、そうでしたね」
実は、と師匠はにっこり笑う。
「ちょっとだけ、熱っぽかったもので。微熱がぐずぐず続いてしまいまして。微熱ってどうしてこう長引くんですかね」
「え、師匠風邪ひいてたんですか? もう熱は下がったんですか? ご飯は? お医者さん行きました?」
乗り出して掴みかかる勢いで聞いてくる万葉に、師匠は苦笑いをする。
「質問、多すぎますよ万葉さん」
「え、でも心配で……っていうか、呼んでくれたら良かったのに」
「おや? いつもだったら寿命が縮まりましたねとか、ご老体なんだから無理はするなとか言ってくるはずですが……僕のこと心配してくれるんですか?」
万葉の髪の毛をくるりと指に巻き付けて、師匠はそこに口づけをする。万葉は真っ赤になりながら、顔をしかめた。
「あったり前です。寿命が縮まっても困るし……別に、今までだって心配してないわけじゃなくて……その、師匠は、私のあれですし……」
「何ですか?」
「……」
「万葉さんの口からききたいなー。そうしたら僕も風邪から完全復活する気がしますが」
万葉は散々口をパクパクして引き結んだ後に、めちゃくちゃ小さい声で「旦那ですから」と言うと、師匠の腕が伸びてきて、万葉をぎゅっと抱きしめた。
「あはは、万葉さん。それはもう反則です……」
耳元で師匠の声が聞こえて、万葉は文字化けしそうになる。初めて師匠に抱きしめられて、そのしっかりした体格とふんわりと漂うお香の匂いに、安心感と、どうしようもない胸のざわつきを覚えた。
二回目に師匠の家に泊まって、それから居酒屋で一度会ったきり、師匠も忙しいのかなかなか顔を見ない。師匠は基本的にメールはしないと言っていたので、結局メールしたところで気がつかないのだろうと万葉は分かっていた。
電話をするくらいならば、会いたい。電話をしてしまったら、たまらず会いに行ってしまいたくなる。それはまるで大人な恋愛とはかけ離れているし、これ以上、わがままを師匠に押し付けるのは気が引けていた。
結婚をしたいという万葉のわがままを、師匠は充分に満たしてくれている。これ以上望むのは、傲慢だと万葉は思っていた。
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「え、師匠風邪ひいてたんですか? もう熱は下がったんですか? ご飯は? お医者さん行きました?」
乗り出して掴みかかる勢いで聞いてくる万葉に、師匠は苦笑いをする。
「質問、多すぎますよ万葉さん」
「え、でも心配で……っていうか、呼んでくれたら良かったのに」
「おや? いつもだったら寿命が縮まりましたねとか、ご老体なんだから無理はするなとか言ってくるはずですが……僕のこと心配してくれるんですか?」
万葉の髪の毛をくるりと指に巻き付けて、師匠はそこに口づけをする。万葉は真っ赤になりながら、顔をしかめた。
「あったり前です。寿命が縮まっても困るし……別に、今までだって心配してないわけじゃなくて……その、師匠は、私のあれですし……」
「何ですか?」
「……」
「万葉さんの口からききたいなー。そうしたら僕も風邪から完全復活する気がしますが」
万葉は散々口をパクパクして引き結んだ後に、めちゃくちゃ小さい声で「旦那ですから」と言うと、師匠の腕が伸びてきて、万葉をぎゅっと抱きしめた。
「あはは、万葉さん。それはもう反則です……」
耳元で師匠の声が聞こえて、万葉は文字化けしそうになる。初めて師匠に抱きしめられて、そのしっかりした体格とふんわりと漂うお香の匂いに、安心感と、どうしようもない胸のざわつきを覚えた。
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