うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第3章

第24話

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 気がつけば月末に近づいていて、フロアの雰囲気もピリピリし始める。電話がひっきりなしなのはいつものことなのだが、少しでも多く受けようと、みんな張り切るのがこの時期だ。おまけに、来月は決算月で、会社自体が慌ただしくなる。

 ピリリとした空気の会社を抜けて、万葉は一人、自分の部屋へと戻る。電車で二駅、最寄り駅では多くの人がごった返していた。その中に、背の高い和装の人物がいないか、無意識に探してしまう。

(師匠と会えるかな……)

 例年では、決算月になると万葉も師匠も慌ただしく、どちらかが欠けたりすることがしばしばだった。しかし、それは居酒屋に飲みに行くという前提の話で、夫婦となった今、会おうと思えばいつでも会える。

(会いたい、かも……)

 二十日現在の成績表では、後輩の遠藤に負けていた。やはり名前のような苗字が災いしているのもあれば、たまたまお客さんの話が長引くということもある。

 メール対応も取り入れている中、未だにコールセンターで電話での業務が無くならないのは、ご年配の方は電話の方が多いということの裏付けだ。

 そして、家族に話を聞いてもらえない、通いの老人ホームでもヘルパーさんが相手をしてくれない、しまいには生まれた孫の話を持ち出してきたりと、ご老人はおしゃべりに余念がない。

 それをうまくかわしつつ、問題解決を推し進めるのは、至難の業だ。むしろ、プロの技術と言っても過言ではない。適度にスルーをし、相手を困らせたり不快にさせず、物事の真相にたどり着き解決へと導く。

 元々パソコンに耐性のない人は、いつもと違うキーボードを押しただけでも、壊れたと電話をかけてくるのだ。なだめてそんなことでパソコンは壊れないと説得し、納得してもらい、気持ちよく電話を相手から切ってもらう。

 件数とその後のアンケート調査や、着信を受ける速度、問題解決速度など、細かい部分でチェックされており、成績はもろに結果となる。会社自体はとても良くても、お客さんからのクレームに心を痛めてしまうことも多くあり、離職率が高いのもうなずける。

 万葉の会社は福利厚生もしっかりしており、基本的にはノー残業。座りっぱなしは良くないので、各自自由に休憩が取れて、なおかつ服装の規定もない。オシャレしたい人はオシャレができ、時間内で仕事が終わるため、プライベートも充実させられる。

 そのプライベートの充実の集大成が、師匠と話をしながら美味しくお酒を飲むことだったのだが、なかなか万葉から会うことを切り出しにくく思ってしまっていた。

(だめだな、師匠のことばっかり考えちゃって)

 居酒屋の時は行けば会えるので、気兼ねをしなかったのだが、いざ今、自分から誘うとなると、その誘い文句さえ思い浮かばない。結婚したのだからいつでも会えると言われてしまえばそうだが、ほぼ他人だった人の所に毎日家族の顔をして帰る違和感があった。

 携帯電話を見つめながら、電話しようか迷って、結局やめてしまった。今頃何をしているだろうとめぐる雑念を、振り払って帰宅をする。

 もう師匠とは一週間会っていない。キーケースに入れた合鍵を、未だに万葉は使う機会に巡り合えないでいる。
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