24 / 72
第3章
第23話
しおりを挟む
「――万葉さん、お待たせしました。お風呂抜いて、入れ直した方が良かったですか……って、あれ?」
師匠は布団から半分出て、畳の上に頭を放り出している万葉を発見した。ロングスカートのスリットから見える脚に、師匠は一瞬眉をしかめる。
「……なんていう寝方をしているんですか、まったく……」
優しく抱き起して、布団へと戻す。枕を当てて掛布団をかけると、すうすうと寝息を立てているのが聞こえた。
「こんなに安心しきった顔を見せられたら、手が出せないですねぇ。たちが悪いです、万葉さん」
しばらく隣に寝そべってその寝顔を見つめていた師匠は、頭を優しく撫でると額に唇で触れる。
「おやすみなさい。いい夢でありますように」
電気を消すと、師匠は万葉を残して自室へと下がった。
***
障子から入ってくる朝の光がまぶしく、コーヒーの芳醇な香りがして万葉は目が覚める。一瞬ここがどこだかわからず、寝返りを打ってからハッとして飛び起きた。
「わ、寝ちゃった――!」
「わ……びっくりした……!」
布団から忍者のように飛び起きた万葉の早業に、ソファにいた師匠がびくりと肩を震わせた。
「師匠ごめんなさい私すっかり寝ちゃって!」
コーヒーのカップを置いてから、師匠は苦笑いをする。
「おはようございます。お風呂入りますか? 新しく溜めておきましたから」
万葉はそれにうなずいて、そそくさと立ち上がると、バスルームへと荷物を持って直行した。それを見守ってから、師匠は新聞から目を離してくつくつと笑う。
「ああダメだ、おかしい……」
しばらくお腹を押さえて笑ってから、またもや新聞へと視線を戻す。
「こんな毎日だったら、幸せですねえ」
師匠は呟きながら新聞をめくり、まだ昇りたての太陽が入ってくる窓へと、顔を向けた。よく晴れる予感がする外から、鳥のさえずりが聞こえてきていた。
しばらくしてから、すっかり支度を整えた万葉がバスルームから出てくる。気まずそうに師匠を見つめてから「ごめんなさい」と視線をそらした。
「いいえ、大丈夫ですよ。二回目ですからね、貴女の寝落ちを見るのは」
「次は寝ません……」
「信用されて何よりです」
師匠が用意してくれたデニッシュとコーヒーを美味しくいただき、万葉はソファで忘れ物がないかの最終チェックをする。キッチンから戻ってきた師匠はニコニコしながら、万葉の座っている後ろから声をかけてきた。
「万葉さんは、今日はこのまま出勤ですか?」
「はい、そうです。師匠もこれから、お教室の準備ですか?」
そうですよと呟く声が、予想以上に近くから聞こえて万葉は固まる。師匠の指が万葉のポニーテールを滑らせ、露わになったうなじにトン、と指が置かれた。
「万葉さん」
「――はい……?」
「あんまり無防備なのは良くないですよ。枯れてるといつもおっしゃっていますけど、僕も男ですからね、一応」
後ろブイネックのセーターを着ていたのが、大間違いだった。師匠の指がするすると、うなじから首の骨をなぞって背中の方へと下って行く。
「あんまり可愛すぎると、我慢できませんからね」
「師匠、何を言って……」
うなじの近くで言葉が紡がれて、吐息がかかる。思わず出かけた声を押さえようとして、両肩が飛び上がってしまった。その肩に師匠の両手が置かれる。
「では、気をつけて行ってきてくださいね」
「……はい……」
抗議の視線を送りたかったのだけれども、それ以上に心臓が跳ねあがったまま、脈が速くて戻らない。
万葉は真っ赤になった顔を隠すように、マフラーをぐるぐると巻いて顔を半分隠す。行ってらっしゃいと手を振るにこやかな師匠に、たじたじになりながら家を出た。
師匠は布団から半分出て、畳の上に頭を放り出している万葉を発見した。ロングスカートのスリットから見える脚に、師匠は一瞬眉をしかめる。
「……なんていう寝方をしているんですか、まったく……」
優しく抱き起して、布団へと戻す。枕を当てて掛布団をかけると、すうすうと寝息を立てているのが聞こえた。
「こんなに安心しきった顔を見せられたら、手が出せないですねぇ。たちが悪いです、万葉さん」
しばらく隣に寝そべってその寝顔を見つめていた師匠は、頭を優しく撫でると額に唇で触れる。
「おやすみなさい。いい夢でありますように」
電気を消すと、師匠は万葉を残して自室へと下がった。
***
障子から入ってくる朝の光がまぶしく、コーヒーの芳醇な香りがして万葉は目が覚める。一瞬ここがどこだかわからず、寝返りを打ってからハッとして飛び起きた。
「わ、寝ちゃった――!」
「わ……びっくりした……!」
布団から忍者のように飛び起きた万葉の早業に、ソファにいた師匠がびくりと肩を震わせた。
「師匠ごめんなさい私すっかり寝ちゃって!」
コーヒーのカップを置いてから、師匠は苦笑いをする。
「おはようございます。お風呂入りますか? 新しく溜めておきましたから」
万葉はそれにうなずいて、そそくさと立ち上がると、バスルームへと荷物を持って直行した。それを見守ってから、師匠は新聞から目を離してくつくつと笑う。
「ああダメだ、おかしい……」
しばらくお腹を押さえて笑ってから、またもや新聞へと視線を戻す。
「こんな毎日だったら、幸せですねえ」
師匠は呟きながら新聞をめくり、まだ昇りたての太陽が入ってくる窓へと、顔を向けた。よく晴れる予感がする外から、鳥のさえずりが聞こえてきていた。
しばらくしてから、すっかり支度を整えた万葉がバスルームから出てくる。気まずそうに師匠を見つめてから「ごめんなさい」と視線をそらした。
「いいえ、大丈夫ですよ。二回目ですからね、貴女の寝落ちを見るのは」
「次は寝ません……」
「信用されて何よりです」
師匠が用意してくれたデニッシュとコーヒーを美味しくいただき、万葉はソファで忘れ物がないかの最終チェックをする。キッチンから戻ってきた師匠はニコニコしながら、万葉の座っている後ろから声をかけてきた。
「万葉さんは、今日はこのまま出勤ですか?」
「はい、そうです。師匠もこれから、お教室の準備ですか?」
そうですよと呟く声が、予想以上に近くから聞こえて万葉は固まる。師匠の指が万葉のポニーテールを滑らせ、露わになったうなじにトン、と指が置かれた。
「万葉さん」
「――はい……?」
「あんまり無防備なのは良くないですよ。枯れてるといつもおっしゃっていますけど、僕も男ですからね、一応」
後ろブイネックのセーターを着ていたのが、大間違いだった。師匠の指がするすると、うなじから首の骨をなぞって背中の方へと下って行く。
「あんまり可愛すぎると、我慢できませんからね」
「師匠、何を言って……」
うなじの近くで言葉が紡がれて、吐息がかかる。思わず出かけた声を押さえようとして、両肩が飛び上がってしまった。その肩に師匠の両手が置かれる。
「では、気をつけて行ってきてくださいね」
「……はい……」
抗議の視線を送りたかったのだけれども、それ以上に心臓が跳ねあがったまま、脈が速くて戻らない。
万葉は真っ赤になった顔を隠すように、マフラーをぐるぐると巻いて顔を半分隠す。行ってらっしゃいと手を振るにこやかな師匠に、たじたじになりながら家を出た。
18
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■


赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

人質王女の恋
小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。
数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。
それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。
両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。
聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。
傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる