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第3章
第23話
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「――万葉さん、お待たせしました。お風呂抜いて、入れ直した方が良かったですか……って、あれ?」
師匠は布団から半分出て、畳の上に頭を放り出している万葉を発見した。ロングスカートのスリットから見える脚に、師匠は一瞬眉をしかめる。
「……なんていう寝方をしているんですか、まったく……」
優しく抱き起して、布団へと戻す。枕を当てて掛布団をかけると、すうすうと寝息を立てているのが聞こえた。
「こんなに安心しきった顔を見せられたら、手が出せないですねぇ。たちが悪いです、万葉さん」
しばらく隣に寝そべってその寝顔を見つめていた師匠は、頭を優しく撫でると額に唇で触れる。
「おやすみなさい。いい夢でありますように」
電気を消すと、師匠は万葉を残して自室へと下がった。
***
障子から入ってくる朝の光がまぶしく、コーヒーの芳醇な香りがして万葉は目が覚める。一瞬ここがどこだかわからず、寝返りを打ってからハッとして飛び起きた。
「わ、寝ちゃった――!」
「わ……びっくりした……!」
布団から忍者のように飛び起きた万葉の早業に、ソファにいた師匠がびくりと肩を震わせた。
「師匠ごめんなさい私すっかり寝ちゃって!」
コーヒーのカップを置いてから、師匠は苦笑いをする。
「おはようございます。お風呂入りますか? 新しく溜めておきましたから」
万葉はそれにうなずいて、そそくさと立ち上がると、バスルームへと荷物を持って直行した。それを見守ってから、師匠は新聞から目を離してくつくつと笑う。
「ああダメだ、おかしい……」
しばらくお腹を押さえて笑ってから、またもや新聞へと視線を戻す。
「こんな毎日だったら、幸せですねえ」
師匠は呟きながら新聞をめくり、まだ昇りたての太陽が入ってくる窓へと、顔を向けた。よく晴れる予感がする外から、鳥のさえずりが聞こえてきていた。
しばらくしてから、すっかり支度を整えた万葉がバスルームから出てくる。気まずそうに師匠を見つめてから「ごめんなさい」と視線をそらした。
「いいえ、大丈夫ですよ。二回目ですからね、貴女の寝落ちを見るのは」
「次は寝ません……」
「信用されて何よりです」
師匠が用意してくれたデニッシュとコーヒーを美味しくいただき、万葉はソファで忘れ物がないかの最終チェックをする。キッチンから戻ってきた師匠はニコニコしながら、万葉の座っている後ろから声をかけてきた。
「万葉さんは、今日はこのまま出勤ですか?」
「はい、そうです。師匠もこれから、お教室の準備ですか?」
そうですよと呟く声が、予想以上に近くから聞こえて万葉は固まる。師匠の指が万葉のポニーテールを滑らせ、露わになったうなじにトン、と指が置かれた。
「万葉さん」
「――はい……?」
「あんまり無防備なのは良くないですよ。枯れてるといつもおっしゃっていますけど、僕も男ですからね、一応」
後ろブイネックのセーターを着ていたのが、大間違いだった。師匠の指がするすると、うなじから首の骨をなぞって背中の方へと下って行く。
「あんまり可愛すぎると、我慢できませんからね」
「師匠、何を言って……」
うなじの近くで言葉が紡がれて、吐息がかかる。思わず出かけた声を押さえようとして、両肩が飛び上がってしまった。その肩に師匠の両手が置かれる。
「では、気をつけて行ってきてくださいね」
「……はい……」
抗議の視線を送りたかったのだけれども、それ以上に心臓が跳ねあがったまま、脈が速くて戻らない。
万葉は真っ赤になった顔を隠すように、マフラーをぐるぐると巻いて顔を半分隠す。行ってらっしゃいと手を振るにこやかな師匠に、たじたじになりながら家を出た。
師匠は布団から半分出て、畳の上に頭を放り出している万葉を発見した。ロングスカートのスリットから見える脚に、師匠は一瞬眉をしかめる。
「……なんていう寝方をしているんですか、まったく……」
優しく抱き起して、布団へと戻す。枕を当てて掛布団をかけると、すうすうと寝息を立てているのが聞こえた。
「こんなに安心しきった顔を見せられたら、手が出せないですねぇ。たちが悪いです、万葉さん」
しばらく隣に寝そべってその寝顔を見つめていた師匠は、頭を優しく撫でると額に唇で触れる。
「おやすみなさい。いい夢でありますように」
電気を消すと、師匠は万葉を残して自室へと下がった。
***
障子から入ってくる朝の光がまぶしく、コーヒーの芳醇な香りがして万葉は目が覚める。一瞬ここがどこだかわからず、寝返りを打ってからハッとして飛び起きた。
「わ、寝ちゃった――!」
「わ……びっくりした……!」
布団から忍者のように飛び起きた万葉の早業に、ソファにいた師匠がびくりと肩を震わせた。
「師匠ごめんなさい私すっかり寝ちゃって!」
コーヒーのカップを置いてから、師匠は苦笑いをする。
「おはようございます。お風呂入りますか? 新しく溜めておきましたから」
万葉はそれにうなずいて、そそくさと立ち上がると、バスルームへと荷物を持って直行した。それを見守ってから、師匠は新聞から目を離してくつくつと笑う。
「ああダメだ、おかしい……」
しばらくお腹を押さえて笑ってから、またもや新聞へと視線を戻す。
「こんな毎日だったら、幸せですねえ」
師匠は呟きながら新聞をめくり、まだ昇りたての太陽が入ってくる窓へと、顔を向けた。よく晴れる予感がする外から、鳥のさえずりが聞こえてきていた。
しばらくしてから、すっかり支度を整えた万葉がバスルームから出てくる。気まずそうに師匠を見つめてから「ごめんなさい」と視線をそらした。
「いいえ、大丈夫ですよ。二回目ですからね、貴女の寝落ちを見るのは」
「次は寝ません……」
「信用されて何よりです」
師匠が用意してくれたデニッシュとコーヒーを美味しくいただき、万葉はソファで忘れ物がないかの最終チェックをする。キッチンから戻ってきた師匠はニコニコしながら、万葉の座っている後ろから声をかけてきた。
「万葉さんは、今日はこのまま出勤ですか?」
「はい、そうです。師匠もこれから、お教室の準備ですか?」
そうですよと呟く声が、予想以上に近くから聞こえて万葉は固まる。師匠の指が万葉のポニーテールを滑らせ、露わになったうなじにトン、と指が置かれた。
「万葉さん」
「――はい……?」
「あんまり無防備なのは良くないですよ。枯れてるといつもおっしゃっていますけど、僕も男ですからね、一応」
後ろブイネックのセーターを着ていたのが、大間違いだった。師匠の指がするすると、うなじから首の骨をなぞって背中の方へと下って行く。
「あんまり可愛すぎると、我慢できませんからね」
「師匠、何を言って……」
うなじの近くで言葉が紡がれて、吐息がかかる。思わず出かけた声を押さえようとして、両肩が飛び上がってしまった。その肩に師匠の両手が置かれる。
「では、気をつけて行ってきてくださいね」
「……はい……」
抗議の視線を送りたかったのだけれども、それ以上に心臓が跳ねあがったまま、脈が速くて戻らない。
万葉は真っ赤になった顔を隠すように、マフラーをぐるぐると巻いて顔を半分隠す。行ってらっしゃいと手を振るにこやかな師匠に、たじたじになりながら家を出た。
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