うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第3章

第21話

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 会社を去ろうといそいそと立ち上がると、隣から桃花がにこりと笑いながら話しかけてきた。

「おやおや、恵ちゃん。今日は、おデートになったのかしら?」

「……分かる? 顏にやけてる、私?」

「うん。だってずっとルンルンの空気だし、顔がでれっでれよ?」

 えへへと万葉が思わず頬を緩ませると、向こうからやってきた新海が眉をひそめた。

「恵、なんちゅー顔してんだ。鏡見てから帰った方がいいぞ」

「大きなお世話! そういう新海こそ、とっとと帰らないとでしょ。今日は、ノー残業デーだし」

 それに新海はもう帰るんだと返事をする。見ればコートと鞄を手に持っていた。

「帰るぞアホ面、駅まで送ってやる。その顔で出歩いたら道行く人間に迷惑がかかるからな」

「帰り道一緒なだけで、送ってるわけじゃないでしょうが! もー! ああ言えばこう言う! むかつく!」

 けらけらと笑いながら新海はフロアから出て行こうとする。それに万葉と桃花は二人して大慌てでついて行った。途中、万葉は桃花に袖を引っ張られる。

「桃花さん、どうしたの?」

「新海には、結婚のことまだ言わないほうがいいわよ」

「え、うん……。言わないけど」

 なら安心した、と桃花は笑顔になる。そんな女子二人をエレベーターで待ちながら、新海は二人が入ってくると扉を閉めた。

「恵は何でそんな浮足立ってるんだよ?」

「えっ、私そんな浮かれてる!?」

 万葉が驚くや否や、新海の手が伸びてきて万葉の鼻をつまんだ。

「アホ面。見たこともないくらいのアホ面してるぞ。彼氏でもできたか?」

「痛い痛い離して!」

 万葉が抗議すると階下に到着する。エレベーターから出ながら、桃花に助けを求めると、任せなさいとウインクをされた。

「恵ちゃんはー、なんと。習い事を始めました……ね?」

「あ……うん、そうそう!」

 咄嗟に同意を求められて、万葉は慌てて返事をする。

「へえ、何の習いごと?」

「新海も知ってるでしょ、恵ちゃんがお習字してたの。それよそれ」

 ああ、と新海は納得した顔をした。万葉は新海の後ろから、桃花に分かるようにありがとうと手を合わせる。

「そういやそうだったな。また習いたいって言ってたし、始めたんだ?」

「うん、そう。すごくいい先生が見つかって、教わってるんだ」

 師匠の顔がちらりと思い浮かぶ。お習字でもないし教わってもいないが、師匠は確かに師範で、個人的に会っているのだから、ギリギリ嘘ではない言い訳だ。うまいこと考えたものだと、万葉は感心して桃花を見た。

「また何かの折に硬筆頼まれるかもな。ほら、親会社に宛てて書く書類とか。以前も確か恵がやってたよな?」

「そうそう。もう最近全然やってなくて腕が鈍ってるからさ、リハビリがてら始めたの。字がきれいだと何かの役に立つし」

「まあ、きったねーメモ渡されるよりかは、きれいなメモの方が印象がいいよな」

 そこで駅に到着する。桃花と新海は同じ方向、万葉は逆の電車だった。

「じゃあ気をつけてね、恵ちゃん」

「習い事頑張れよー」

 二人に手を振って、万葉は階段で分かれる。思わず漏れ出た笑顔をマフラーで隠しながら、大急ぎで帰宅して泊まりの道具を持つと、師匠の待つ家へと向かった。
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