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第2章
第19話
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あまりにも書類を見つめているので、師匠が顔を覗き込んできた。
「……万葉さん、聞いていますか?」
「あ、はい。多分、聞いてます」
「多分、ですか?」
「ごめんなさい。だって師匠、師匠の字がきれいすぎて……思わずため息が」
それに師匠は嬉しそうに笑って、万葉の手から書類を取る。
「一応、師範ですからね。万葉さんだって、とてもきれいに書くじゃないですか」
「私はまだまだ……四段だし」
それだってすごいことですよ、と師匠は万葉の字を見て微笑んだ。
「一つのことを集中してやり続けるのは、根気がいります。万葉さんは書道を真面目にしていたのでしょうし、今の仕事だって離職率が高いのにずっと頑張っている。それは、貴女の持つ素晴らしい点だと思います」
嫌味なくさらりと褒められて、万葉は照れ臭くなってしまい、口の端が緩んでしまう。
「……なんか師匠に褒められると嬉しいな」
「自慢の奥さんですからね」
万葉はもう師匠のことを見ていられなくなって、書類をさっさと師匠の手から回収すると、慌ててカバンの中へとしまいこんだ。
(どうしてこう、この人は歯の浮く台詞を真顔で……!)
しかし、言われて嫌じゃないところが、師匠の言うまんざらでもないということなのだろう。万葉は師匠の今までとは全く違う接し方や言動に、しどろもどろになった。
「ちなみに万葉さん、今夜は貴女のお部屋にお帰りですか?」
「ええ。その予定ですけれど……」
「引っ越しして来てくれるのを待ちますけど、あんまり僕を一人にしないでくださいね。寂しくて死んでしまいますよ?」
「いやいやいやいや。そんなので死ぬわけないです! もしそれで師匠が死んじゃったら、私のせいじゃなくて寿命です!」
そおかなあと、ニコニコしながら師匠は最後のお酒を喉へと流し込んだ。
「あり得ますよ。僕、卯年ですから」
「師匠の場合はフレミッシュ・ジャイアント級の、超巨大ウサギですよきっと。身長も大きいですし」
「いくら大型で大人しく温厚なウサギでも、寂しいと地団太を踏むんですよ。僕が地団太を踏み始めたら、要注意ですね」
「……踏まないでください、なるべく」
「さあ、それは、奥さん次第です」
肝心なところで、師匠は万葉に手綱を渡す。それに万葉が困っているのをまるで楽しんでいるかのようで、もちろん万葉はその後の返しができない。
「では、奥さんに、いいかっこしいをしたいので、今日は僕がごちそうします。ノークレームのお祝いですよ」
悪いです、と言おうとしたところ、すでに会計済みの伝票を見せられた。万葉はやられた、と唇を噛んだが、その後深々と頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お礼は後々、万葉さん自身に……返してもらいますからいいですよ」
「何ですかその間は!」
「万葉さんは、何を想像したんでしょうね。耳年増になっちゃいますよ?」
そもそも恋愛経験がそれほどない万葉が、現在でもモテモテだという師匠に敵いっこないのだ。くすくすと笑いながら、店を出る準備をする師匠に遅れまいと、万葉も慌ててコートを着こむ。
「ああ、万葉さん。帰らせたくありませんね……このまま一緒に僕の家に帰りたいです」
家へ向かう道すがら言われた言葉が、万葉の胸を打つ。しかし、それにはあいまいに返事をして自分の家へと送り届けてもらい、手を振って別れた。
「どうしよう。私、師匠のこと、すごく好きになっちゃうかも……」
暗い自室に戻って、万葉は玄関に座り込んだ。ドキドキする胸が落ち着くまで、しばらく座り込んで、万葉は師匠の笑顔の残像に恋焦がれていた。
「……万葉さん、聞いていますか?」
「あ、はい。多分、聞いてます」
「多分、ですか?」
「ごめんなさい。だって師匠、師匠の字がきれいすぎて……思わずため息が」
それに師匠は嬉しそうに笑って、万葉の手から書類を取る。
「一応、師範ですからね。万葉さんだって、とてもきれいに書くじゃないですか」
「私はまだまだ……四段だし」
それだってすごいことですよ、と師匠は万葉の字を見て微笑んだ。
「一つのことを集中してやり続けるのは、根気がいります。万葉さんは書道を真面目にしていたのでしょうし、今の仕事だって離職率が高いのにずっと頑張っている。それは、貴女の持つ素晴らしい点だと思います」
嫌味なくさらりと褒められて、万葉は照れ臭くなってしまい、口の端が緩んでしまう。
「……なんか師匠に褒められると嬉しいな」
「自慢の奥さんですからね」
万葉はもう師匠のことを見ていられなくなって、書類をさっさと師匠の手から回収すると、慌ててカバンの中へとしまいこんだ。
(どうしてこう、この人は歯の浮く台詞を真顔で……!)
しかし、言われて嫌じゃないところが、師匠の言うまんざらでもないということなのだろう。万葉は師匠の今までとは全く違う接し方や言動に、しどろもどろになった。
「ちなみに万葉さん、今夜は貴女のお部屋にお帰りですか?」
「ええ。その予定ですけれど……」
「引っ越しして来てくれるのを待ちますけど、あんまり僕を一人にしないでくださいね。寂しくて死んでしまいますよ?」
「いやいやいやいや。そんなので死ぬわけないです! もしそれで師匠が死んじゃったら、私のせいじゃなくて寿命です!」
そおかなあと、ニコニコしながら師匠は最後のお酒を喉へと流し込んだ。
「あり得ますよ。僕、卯年ですから」
「師匠の場合はフレミッシュ・ジャイアント級の、超巨大ウサギですよきっと。身長も大きいですし」
「いくら大型で大人しく温厚なウサギでも、寂しいと地団太を踏むんですよ。僕が地団太を踏み始めたら、要注意ですね」
「……踏まないでください、なるべく」
「さあ、それは、奥さん次第です」
肝心なところで、師匠は万葉に手綱を渡す。それに万葉が困っているのをまるで楽しんでいるかのようで、もちろん万葉はその後の返しができない。
「では、奥さんに、いいかっこしいをしたいので、今日は僕がごちそうします。ノークレームのお祝いですよ」
悪いです、と言おうとしたところ、すでに会計済みの伝票を見せられた。万葉はやられた、と唇を噛んだが、その後深々と頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お礼は後々、万葉さん自身に……返してもらいますからいいですよ」
「何ですかその間は!」
「万葉さんは、何を想像したんでしょうね。耳年増になっちゃいますよ?」
そもそも恋愛経験がそれほどない万葉が、現在でもモテモテだという師匠に敵いっこないのだ。くすくすと笑いながら、店を出る準備をする師匠に遅れまいと、万葉も慌ててコートを着こむ。
「ああ、万葉さん。帰らせたくありませんね……このまま一緒に僕の家に帰りたいです」
家へ向かう道すがら言われた言葉が、万葉の胸を打つ。しかし、それにはあいまいに返事をして自分の家へと送り届けてもらい、手を振って別れた。
「どうしよう。私、師匠のこと、すごく好きになっちゃうかも……」
暗い自室に戻って、万葉は玄関に座り込んだ。ドキドキする胸が落ち着くまで、しばらく座り込んで、万葉は師匠の笑顔の残像に恋焦がれていた。
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