うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第2章

第16話

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「あ、結婚したんだったら、苗字変わったんでしょ? 何になったの?」

 桃花はわくわくを顔中に表しながら、万葉の手をぎゅっと握って見つめてくる。

「田中。一番望んでいた普通の名字……まさか、こんな簡単に手に入るとは、びっくり」

 欲しい欲しいと散々思って、誰か結婚してとは言わなかったのだが、何度となく師匠にも愚痴ったのを思い出す。願えば叶うとはこのことで、まさか師匠の苗字がよくある名前だとは、万葉はちっとも知らなかった。

「総務に書類提出しないとよね? 結婚を黙っていると税金とか色々変わってきちゃうし。一応、緘口令出しておけばいいんじゃない? 新海が知ったらうるさそう」

「わ、新海には知られたくない……。めちゃくちゃ言われそうで怖い!」

 変に噂が広まって、万が一離婚したときに、後ろ指さされることはないと桃花は言った。色気無し彼氏無し一人酒が好きで有名な万葉が、急に結婚したとなれば、噂として広まりやすい。

「ちゃんと結婚して良かったって思う時までは、総務と私だけの秘密にしておいて、言ってもいいって思ったタイミングで、みんなには言えばいいじゃない?」

「うん、そうする」

「それまではまたクレームと戦わないとだけど、恋する乙女は強いからへっちゃらよね」

 桃花が可愛く笑った時に、始業前のベルが鳴った。万葉も慌てて準備に取り掛かり、そして会社に提出する書類を先にプリントアウトする。

「あ、っていうか……住所……」

 師匠の名前と電話番号を知ったのはいいのだが、結局住所も生年月日も、万葉は知らないままだった。

(本当に、師匠のこと何にも知らないんだ、私――)

「恵ちゃん、大丈夫? 何も知らな過ぎて……もし、危ない人だったら、ちゃんと私に相談してね?」

「ありがとう、桃花さん」

 月曜日と木曜日に、楽しく話して食べて飲むだけの人。面倒くさいことはしない、楽しくてさっぱりした飲み友達の関係だったのに、一気にすっ飛ばして家族になってしまった。

(今日も、いるかな、師匠……?)

 就業のベルが鳴るのが待ち遠しい。月曜日、いつもの居酒屋に行けば会える顔があることに、万葉の心がいつも癒されていたのは間違いのない事実だった。

 愛しさというよりも、安心感に近いものを師匠には感じていた。なんでも受け止めてくれる、大人の男性という印象があり、落ち着いた物腰と大人な飲み方は万葉を安心させてくれる。

 プリントアウトした紙を折れないようにファイルへ入れると、万葉は一気に仕事に集中した。この紙を持っていつもの居酒屋に行き、そして師匠の住所や生年月日を書いてもらわないとならない。

(仕事、がんばろ……)

 意気込んだと同時に、就業開始となり、あっという間に電話が鳴り響く。パソコンへと向かい、通話ボタンを押した。

「――お電話ありがとうございます。○○カスタマーサービスの恵です」

(でも、もう田中なんだ、私……)

 胸中でそう思うと、なぜだか勇気が湧いてくる。やる気が満ちてきて、知らないうちに万葉は笑顔になって電話を取っていた。
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