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第2章

第14話

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 食べ終わって片づけを済まし、ハーブティーにリラックスをしていると、ゴーンゴーンと古めかしい柱時計が、夜も程よい時間を告げていた。

「げ。またこんなに居座っちゃった……師匠、私帰ります!」

 慌てて立ち上がってコートを引っ掴むと、その手をぎゅっと握られた。見れば、何を言っているの?と声を出さずとも師匠の顔が物語っている。

「……帰ります、家に」

「ダメです」

 振りほどこうとして、その手の力の強さに驚いた。線が細いとばかり思っていたし、老い先短いといつもおちょくっていたのに、その強さは紛れもなく男性の力だった。

「遅すぎます。先ほども言いましたが、ここは、貴女の家でもあります……泊まって行って下さい、外は冷えますから」

「でも、着替えも歯ブラシもないです」

「僕ので良かったら着替えはありますし、歯ブラシも予備くらいあります……ぬかりました。お泊りの予定で来て下さいと言うべきでしたね」

 万葉は、気持ちがぐらりと傾きかけたが、やっぱりキチンと帰らなければと、自分の中の何かが頑なに泊まることを拒絶した。

「師匠、やっぱり私帰ります……」

「ダメです……と僕が説得しても貴女は納得しないでしょうね。分かりました、送っていきますから、ちょっと待っていてください」

「え、自分で帰れますよ!」

 師匠が振り返って、眉根を上げる。不満がたっぷり含まれた表情に、万葉は黙った。

「でも、師匠だって夜出歩いたら、ご老体に障ります……」

 まともに見ることができずに皮肉でそう言うと、師匠が戻ってきて万葉を和室のソファへと引っ張って座らせる。覆いかぶさるようにして覗き込んでくると、にっこりと笑った。

「ご心配ありがとうございます。ですが、送っていきますから。それ以上何か文句を言うなら、塞ぎますからね、その口。そうなったら、僕は貴女を絶対にこの家から帰らせない。分かりましたか、奥さん?」

「……っ!」

 ぴたっと伸ばされた人差し指が万葉の唇に触れて、思わず小刻みに首を縦に振って頷いた。

「じゃあいい子に待っていてください。上着を取ってきますので」

 万葉は固まり、そして動けないまま心臓だけが早鐘のように鳴り響く。両手で口元を覆って、万葉は悶絶した。

 準備を終えた師匠がやってきて、外へ出ると、帰ると言ったことを後悔するほどに寒かった。しかし、言い出したことを覆すのは今さらすぎる。万葉は師匠と二人並んで、家へと向かった。

 他愛のない話をしながら、今度は万葉の持ってきたワインに合うつまみで飲もうと話が盛り上がっているところで、家についてしまった。

「師匠、今日はありがとうございました」

「いえいえ。あんなので良ければ、またいつでも作りますから」

 万葉は再度お礼を言って頭を下げると「おやすみなさい」と言った。

「あ、万葉さん――これ、忘れてしまうところでした」

 そう言って師匠が袂から取り出したのは、一本の鍵だった。

「これは?」

「僕の家の合鍵です」

 それに万葉はぎょっとした。受け取ってしまってから、恐れ多くて返そうかと手が震えたところ、両手を師匠が握ってきた。

「いつでも帰ってきてくださいね、奥さん」

 万葉の顔面が沸騰して真っ赤になる。それを面白がるようにニコニコ笑うと、師匠は手を振る。万葉は顔が赤くなったのを見られたくなくて、手を振り返すと早足にその場を去った。

「――絶対、面白がっていると思う、あの顔は……!」

 師匠のペースに飲まれっぱなしになっている自分が悔しいのだが、どうしたらいいのか分からないまま、高鳴る胸に戸惑いつつ、万葉は部屋へと戻った。

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