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第2章
第12話
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夕方、手土産にワインを持参した万葉は、改めて師匠の家の前に立って、家の外観を見てううむと唸った。築年数は感じられるものの、古民家と呼ぶにはまだ早い。しかし、相当腕のいい大工が作ったのが感じられる、質素でかつ、つつましやかな雰囲気だった。
家の前でちょっとだけしり込みしてしまったのは、そこがとってもいい家だったからなのと、師匠にどんな顔をして会えばいいのだろうかという、今さらすぎる迷いがあったからだ。
結婚をしてと言ってしてもらい、それに驚いてやけ酒した挙句、泥酔で介抱されるという醜態。今思い返すだけでも、顔から発火してしまいそうになる。
しかも、今から会うのは、ただの飲み友達ではない。先日まで飲み友達だった、今はもう旦那となった人物なのだ。これはさすがに恋愛に興味がない万葉でも、堪えられない強烈な打撃だった。
自己嫌悪に襲われていると、二重玄関の内側の扉が開き、師匠が顔を出した。
「万葉さん、遅いと思ったら、家の前で何をしているんですか?」
「げ、師匠!」
「げって、人をお化けかなんかみたいに……」
師匠が口を尖らせて、下駄をつっかけながら出てくると、手前の門を開けて万葉の手を握る。
「あーあ、こんなに身体冷やして、ダメじゃないですか。さ、早く入って下さい。あったかいですよ」
大きくて優しい手に引っ張られて、万葉は一歩を踏み出す。中に入ると、ふんわりと暖かく、冷え切った頬が痛くなった。
「お邪魔します」
廊下を踏みしめて万葉が口にすると、師匠が振り返って万葉の頬を両手で包み込んだ。驚くより早く上を向かされて、覗き込む視線と遭遇する。
「万葉さん、お邪魔しますじゃなくて、ただいまですよ?」
「え? はい?」
「僕たちは夫婦です……書面上ですが。ここは僕の家ですけれども、同時に万葉さんの家にもなりました。ですから、正しくはただいまです」
急に恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきて、万葉は口を引き結んだ。師匠のテリトリーに入ることを、許された存在であることを自覚すると、なんとも言えない優越感のようなものを感じる。
「た、ただいま……」
「はい、お帰りなさい」
師匠がニコニコと笑って、万葉の手を握って引っ張っていく。通されたキッチンには、すでに料理が作られていい香りが漂っていた。
「わあ! これ、全部師匠の手作り!?」
「難しいものは作れませんが、簡単な物なら作れます。もしかして、ワインですか、それ?」
万葉は手に持っていた縦長の紙袋をじゃーんと持ち上げる。師匠は困った人だなという顔で笑ったのだが、ワインを取り出すと目を輝かせた。
「おや、ナパのワインじゃないですか」
「甘口ですけど、たまにはいいかなって思って」
「良いです良いです。飲みたくなってしまいますが、昨日、肝臓を酷使したと思いますから、また次回に。その代わりに……」
そう言って師匠が取り出したのは、ノンアルコールのワインだった。それに万葉は嬉しくなって思わずにっこり笑ってしまった。
テーブルに並べられているのは、全て万葉の好きな物ばかりだ。レバーのパテにフランスパン、アヒージョとホタテのカルパッチョ。万葉は幸せすぎて頬が緩む。思わず鳴ってしまったお腹の音に、二人して笑いながら席へと着いた。
家の前でちょっとだけしり込みしてしまったのは、そこがとってもいい家だったからなのと、師匠にどんな顔をして会えばいいのだろうかという、今さらすぎる迷いがあったからだ。
結婚をしてと言ってしてもらい、それに驚いてやけ酒した挙句、泥酔で介抱されるという醜態。今思い返すだけでも、顔から発火してしまいそうになる。
しかも、今から会うのは、ただの飲み友達ではない。先日まで飲み友達だった、今はもう旦那となった人物なのだ。これはさすがに恋愛に興味がない万葉でも、堪えられない強烈な打撃だった。
自己嫌悪に襲われていると、二重玄関の内側の扉が開き、師匠が顔を出した。
「万葉さん、遅いと思ったら、家の前で何をしているんですか?」
「げ、師匠!」
「げって、人をお化けかなんかみたいに……」
師匠が口を尖らせて、下駄をつっかけながら出てくると、手前の門を開けて万葉の手を握る。
「あーあ、こんなに身体冷やして、ダメじゃないですか。さ、早く入って下さい。あったかいですよ」
大きくて優しい手に引っ張られて、万葉は一歩を踏み出す。中に入ると、ふんわりと暖かく、冷え切った頬が痛くなった。
「お邪魔します」
廊下を踏みしめて万葉が口にすると、師匠が振り返って万葉の頬を両手で包み込んだ。驚くより早く上を向かされて、覗き込む視線と遭遇する。
「万葉さん、お邪魔しますじゃなくて、ただいまですよ?」
「え? はい?」
「僕たちは夫婦です……書面上ですが。ここは僕の家ですけれども、同時に万葉さんの家にもなりました。ですから、正しくはただいまです」
急に恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきて、万葉は口を引き結んだ。師匠のテリトリーに入ることを、許された存在であることを自覚すると、なんとも言えない優越感のようなものを感じる。
「た、ただいま……」
「はい、お帰りなさい」
師匠がニコニコと笑って、万葉の手を握って引っ張っていく。通されたキッチンには、すでに料理が作られていい香りが漂っていた。
「わあ! これ、全部師匠の手作り!?」
「難しいものは作れませんが、簡単な物なら作れます。もしかして、ワインですか、それ?」
万葉は手に持っていた縦長の紙袋をじゃーんと持ち上げる。師匠は困った人だなという顔で笑ったのだが、ワインを取り出すと目を輝かせた。
「おや、ナパのワインじゃないですか」
「甘口ですけど、たまにはいいかなって思って」
「良いです良いです。飲みたくなってしまいますが、昨日、肝臓を酷使したと思いますから、また次回に。その代わりに……」
そう言って師匠が取り出したのは、ノンアルコールのワインだった。それに万葉は嬉しくなって思わずにっこり笑ってしまった。
テーブルに並べられているのは、全て万葉の好きな物ばかりだ。レバーのパテにフランスパン、アヒージョとホタテのカルパッチョ。万葉は幸せすぎて頬が緩む。思わず鳴ってしまったお腹の音に、二人して笑いながら席へと着いた。
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