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第1章
第8話
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***
「――あ、万葉さん。目が覚めましたか?」
万葉が目を開けると、見慣れない床の間に飾られた流麗な書の軸が目に入った。障子から差し込んでくる光に目を細めながら起き上がると、師匠がニコニコしながら窓を開けた。
「今日は暖かいんですよ、空気を入れ替えましょうね」
「はい。じゃなくて、えっと……」
師匠が障子を開けて、縁側へと出て引き戸を開けた。気持ちの良い風が急に入ってきて、万葉は寒くて布団を身体に巻き付ける。ちょっと大きめの和風な庭があって、緑の木の葉がさらさらと揺れていた。
朝の光を受けながら、くっきりと師匠の背中が浮かび上がる。すでに着替えていた師匠は、振り返って布団お化け状態になって呆然としている万葉に微笑んだ。
「あ……」
万葉は師匠の食えない笑顔を見て、昨夜のことがみるみると蘇ってきた。額縁に入った受理証明書を見せられて気が動転し、そのまま日本酒の一升瓶を全部あける勢いで飲み、足元がおぼつかなくなって師匠に抱えられながらこの家に運ばれたことを――。
たくさんお水を飲ませてもらい、ぐでんぐでんになって気が付いたら寝ていたのだった。若干の頭痛が頭の中に残っているが、二日酔いというほどでもない。水でも飲めば治るだろうと、深呼吸をした。
「朝ご飯は何か食べますか? あいにくあまり材料がなくて、果物とヨーグルトならありますが」
「それで、大丈夫です……」
(けど、あれ、なんかちょっとおかしい、この流れ……本当に結婚しちゃったの――!?)
「では用意してきますから、ちょっと待っていてくださいね。あ、洋服はかけてあります。ちなみに、見ていませんから」
やんわりと微笑まれて、去って行く師匠の後ろ姿を見送り、そして自分が着物型の綿入りの寝巻に着替えていることに気が付いた。壁を見れば、昨日来ていた洋服がハンガーにかけられている。
「見てません、ってそういうことか……」
しかし、絶対的に素肌には触れたわけで、それを思うと万葉は急に恥ずかしさが最高潮に達し、耳まで真っ赤になって布団へと顔をうずめた。
「何やってんのよ、私……いい歳して、バカすぎる。恥ずかしすぎてやり直したい、一昨日くらいから!」
お酒を飲みすぎて立てなくなったことなど、今まで一度もない。それなのに醜態をさらした挙句、結果、よく分かりもしない結婚相手に迷惑をかけて、その家に転がり込んでいるということだった。
「恥ずかしい……どうしよう……」
「万葉さん、準備できましたからこっちに来られますか……というより、歩けますか?」
万葉が恥ずかしさのあまり布団でもぞもぞとしていると、師匠が奥のキッチンからひょいと顔を出して首をかしげる。万葉は大丈夫ですと小声でつぶやいてから立ち上がり、畳を踏みしめながら恐る恐る師匠の方へと向かった。
「良かった、回復したみたいですね。昨晩は一体どうなるかと思いましたよ、歩けなくなるまで飲むなんて、貴女らしくもない」
「ご迷惑をおかけしたようで……ごめんなさい。しかも覚えていません、ごめんなさい」
ストーブがある方へと万葉を座らせてから、師匠は穏やかに首を横へと振った。
「いいえ、気が動転したんでしょうから。迷惑とは思っていませんよ、奥さん」
言われて万葉は、出された白湯を思いきり気管へと流し込み、盛大にむせたのだった。
「――あ、万葉さん。目が覚めましたか?」
万葉が目を開けると、見慣れない床の間に飾られた流麗な書の軸が目に入った。障子から差し込んでくる光に目を細めながら起き上がると、師匠がニコニコしながら窓を開けた。
「今日は暖かいんですよ、空気を入れ替えましょうね」
「はい。じゃなくて、えっと……」
師匠が障子を開けて、縁側へと出て引き戸を開けた。気持ちの良い風が急に入ってきて、万葉は寒くて布団を身体に巻き付ける。ちょっと大きめの和風な庭があって、緑の木の葉がさらさらと揺れていた。
朝の光を受けながら、くっきりと師匠の背中が浮かび上がる。すでに着替えていた師匠は、振り返って布団お化け状態になって呆然としている万葉に微笑んだ。
「あ……」
万葉は師匠の食えない笑顔を見て、昨夜のことがみるみると蘇ってきた。額縁に入った受理証明書を見せられて気が動転し、そのまま日本酒の一升瓶を全部あける勢いで飲み、足元がおぼつかなくなって師匠に抱えられながらこの家に運ばれたことを――。
たくさんお水を飲ませてもらい、ぐでんぐでんになって気が付いたら寝ていたのだった。若干の頭痛が頭の中に残っているが、二日酔いというほどでもない。水でも飲めば治るだろうと、深呼吸をした。
「朝ご飯は何か食べますか? あいにくあまり材料がなくて、果物とヨーグルトならありますが」
「それで、大丈夫です……」
(けど、あれ、なんかちょっとおかしい、この流れ……本当に結婚しちゃったの――!?)
「では用意してきますから、ちょっと待っていてくださいね。あ、洋服はかけてあります。ちなみに、見ていませんから」
やんわりと微笑まれて、去って行く師匠の後ろ姿を見送り、そして自分が着物型の綿入りの寝巻に着替えていることに気が付いた。壁を見れば、昨日来ていた洋服がハンガーにかけられている。
「見てません、ってそういうことか……」
しかし、絶対的に素肌には触れたわけで、それを思うと万葉は急に恥ずかしさが最高潮に達し、耳まで真っ赤になって布団へと顔をうずめた。
「何やってんのよ、私……いい歳して、バカすぎる。恥ずかしすぎてやり直したい、一昨日くらいから!」
お酒を飲みすぎて立てなくなったことなど、今まで一度もない。それなのに醜態をさらした挙句、結果、よく分かりもしない結婚相手に迷惑をかけて、その家に転がり込んでいるということだった。
「恥ずかしい……どうしよう……」
「万葉さん、準備できましたからこっちに来られますか……というより、歩けますか?」
万葉が恥ずかしさのあまり布団でもぞもぞとしていると、師匠が奥のキッチンからひょいと顔を出して首をかしげる。万葉は大丈夫ですと小声でつぶやいてから立ち上がり、畳を踏みしめながら恐る恐る師匠の方へと向かった。
「良かった、回復したみたいですね。昨晩は一体どうなるかと思いましたよ、歩けなくなるまで飲むなんて、貴女らしくもない」
「ご迷惑をおかけしたようで……ごめんなさい。しかも覚えていません、ごめんなさい」
ストーブがある方へと万葉を座らせてから、師匠は穏やかに首を横へと振った。
「いいえ、気が動転したんでしょうから。迷惑とは思っていませんよ、奥さん」
言われて万葉は、出された白湯を思いきり気管へと流し込み、盛大にむせたのだった。
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