うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
9 / 73
第1章

第7話

しおりを挟む
 翌日、万葉は見事に仕事に集中できなかった。何度も休憩室へと駆け込み、そして時計の針が進む遅さを呪った。

「なんで私、師匠の連絡先知らないの! っていうか、聞いておくべきでしょ、そこは! やっぱりバカだ、大バカだ!」

 コーヒーをがぶがぶと飲みながら、訳の分からない動悸に悩まされつつ、その日仕事をどうこなしたのか全く理解できなかった。マスターに聞いたところで、師匠の連絡先を知っているとは思えない。

 結局、万葉は仕事が終わるまで何もできずに、ただ悶々と白髪になるかと思うほどに考えながら過ごすしかなかった。

 どうやって仕事を終わらせたのか、今日一日何をしていたのか記憶がないほどに焦りながら、電車へと慌てて乗り込んだ。退社ボタンは押したはずだと思い、腕に巻いた時計を見つめると、すでに時間は十八時半を回っている。

「――今日、いるかな。居るよね、いないとか、ないないあり得ない」

 金曜日に居酒屋へと出向いたことはない。金曜日は人が多く、ゆっくりと飲むことができない。師匠とちびちび飲むのには、静かな方がいいので、あえて平日に行くのだが、今日はそうも言っていられなかった。

 師匠との唯一の接点である居酒屋へと、駆け足気味に道を歩く。軒下の提灯がオレンジ色の光を灯しているのを見て、万葉は大慌てで引き戸を開けた。

「あ、いらっしゃい万葉ちゃん。珍しいわね、金曜日なのに」

「マスター、師匠は!?」

 入り口に立っていたマスターに、万葉は縋り付くようにして近寄った。

「ここに居ますよ?」

 マスターのガタイのいい身体の後ろから、ひょい、と顔を出したのは、相変わらず穏やかな表情をした師匠だった。

「師匠――!」

 万葉はマスターのいかつい身体をすり抜けると、いつも自分が座っているカウンター席に座って、師匠へとしがみついた。

「師匠、まさか昨日のあれ、出していないですよね!? 冗談ですよね!? お酒の席だったって気が付いて、びっくりして提出していないとかそういうオチですよね!」

 師匠の二の腕を掴んで揺すりながら、万葉は思い切り眉根を寄せた。それに一瞬驚いた顔をした後、師匠はにっこりと笑う。後ろからマスターもにこにこと笑いながら近づいてきた。

「え、何その笑顔……やだなんか怖い、まさか本当に――!?」

「じゃじゃーん!」

 なぜかマスターが嬉しそうに額縁を取り出す。万葉が恐る恐るそれを手に取って見ると、〈受理証明書〉と書かれた紙が中に入っていた。

 見れば、万葉の名前の横には、妻と書かれている。そして受理を証明した日にちまで、ばっちりと印字されていた。

「やーん、素敵! まさかアタシのお店で、アタシが証人で結婚した人がいるなんて嬉しすぎるわ! しかも、バレンタインデー!」

 万葉はマスターのテンションについて行けずに固まる。そこに追い打ちをかけるように、いつもの飄々とした口調で、師匠が付け加えた。

「これは通常の紙タイプで即日発行できるんですが、表彰状のようなものもありまして、そちらもお願いしておきました。発行するのに二週間ほどかかるそうです」

「えっと、そうじゃなくて」

「え、二部欲しかったですか?」

 とどめの師匠のスマイルに、万葉は開いた口が塞がらず、そして頭の中が文字通り真っ白になった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした

日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。 若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。 40歳までには結婚したい! 婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。 今更あいつに口説かれても……

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

処理中です...