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第1章

第7話

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 翌日、万葉は見事に仕事に集中できなかった。何度も休憩室へと駆け込み、そして時計の針が進む遅さを呪った。

「なんで私、師匠の連絡先知らないの! っていうか、聞いておくべきでしょ、そこは! やっぱりバカだ、大バカだ!」

 コーヒーをがぶがぶと飲みながら、訳の分からない動悸に悩まされつつ、その日仕事をどうこなしたのか全く理解できなかった。マスターに聞いたところで、師匠の連絡先を知っているとは思えない。

 結局、万葉は仕事が終わるまで何もできずに、ただ悶々と白髪になるかと思うほどに考えながら過ごすしかなかった。

 どうやって仕事を終わらせたのか、今日一日何をしていたのか記憶がないほどに焦りながら、電車へと慌てて乗り込んだ。退社ボタンは押したはずだと思い、腕に巻いた時計を見つめると、すでに時間は十八時半を回っている。

「――今日、いるかな。居るよね、いないとか、ないないあり得ない」

 金曜日に居酒屋へと出向いたことはない。金曜日は人が多く、ゆっくりと飲むことができない。師匠とちびちび飲むのには、静かな方がいいので、あえて平日に行くのだが、今日はそうも言っていられなかった。

 師匠との唯一の接点である居酒屋へと、駆け足気味に道を歩く。軒下の提灯がオレンジ色の光を灯しているのを見て、万葉は大慌てで引き戸を開けた。

「あ、いらっしゃい万葉ちゃん。珍しいわね、金曜日なのに」

「マスター、師匠は!?」

 入り口に立っていたマスターに、万葉は縋り付くようにして近寄った。

「ここに居ますよ?」

 マスターのガタイのいい身体の後ろから、ひょい、と顔を出したのは、相変わらず穏やかな表情をした師匠だった。

「師匠――!」

 万葉はマスターのいかつい身体をすり抜けると、いつも自分が座っているカウンター席に座って、師匠へとしがみついた。

「師匠、まさか昨日のあれ、出していないですよね!? 冗談ですよね!? お酒の席だったって気が付いて、びっくりして提出していないとかそういうオチですよね!」

 師匠の二の腕を掴んで揺すりながら、万葉は思い切り眉根を寄せた。それに一瞬驚いた顔をした後、師匠はにっこりと笑う。後ろからマスターもにこにこと笑いながら近づいてきた。

「え、何その笑顔……やだなんか怖い、まさか本当に――!?」

「じゃじゃーん!」

 なぜかマスターが嬉しそうに額縁を取り出す。万葉が恐る恐るそれを手に取って見ると、〈受理証明書〉と書かれた紙が中に入っていた。

 見れば、万葉の名前の横には、妻と書かれている。そして受理を証明した日にちまで、ばっちりと印字されていた。

「やーん、素敵! まさかアタシのお店で、アタシが証人で結婚した人がいるなんて嬉しすぎるわ! しかも、バレンタインデー!」

 万葉はマスターのテンションについて行けずに固まる。そこに追い打ちをかけるように、いつもの飄々とした口調で、師匠が付け加えた。

「これは通常の紙タイプで即日発行できるんですが、表彰状のようなものもありまして、そちらもお願いしておきました。発行するのに二週間ほどかかるそうです」

「えっと、そうじゃなくて」

「え、二部欲しかったですか?」

 とどめの師匠のスマイルに、万葉は開いた口が塞がらず、そして頭の中が文字通り真っ白になった。
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