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第1章
第6話
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酔っぱらっていたわけではないのだが、差し出されて書いてと言われたから書いた。そんな勢いで、万葉は婚姻届に名前を書いた。お酒の力もあったのは確かだが、まさか彼氏もろくに居なかった自分が、こうあっさりと結婚をするとは思っていなかった。
「待って待って待って! そもそも、私、恋愛すっ飛ばしたいって言ったけど、苗字も知らなかった人と……!?」
万葉は居酒屋を出て、いつも通りに師匠と途中まで並んで歩いて帰り、シャワーを浴びて我に返ったときにぞっとした。
彼氏に二股をかけられていたことに、全くもって気がつかないでいたことがあり、それ以来万葉は、恋愛は向いていないと思っていた。なので、結婚はできないし、しないと思っていたのが、結果は違った。
「待って待って待って……! いまさらながらよく考えたら、けっこうまずいんじゃ……!?」
熱いシャワーを浴びているはずなのに、身体がどんどんと冷えていく。冷や汗がどっと全身から出てきて、心臓がバクバクと音を立てた。
「そうだ、今ならまだ大丈夫……師匠は、明日市役所に届け出るって言っていたし!」
居酒屋に連絡を入れようかと思ったのだが、もう閉店時間を過ぎていた。さらに、悪いことに師匠の連絡先を、万葉は知らない。
「バカなの、私……? いやこれ、どう考えてもバカだよね、私が……」
急きょ明日休みを取って、市役所で待ち伏せするという案を考えたのだが、それで師匠が来なかったらお笑いで無駄な有休消化になる。
どうしたものかと思ったのだが、ふと我に返った自分を感じて、万葉は深呼吸をした。
「そうだ、お酒の席だったし、師匠も冗談だってきっと明日には気が付くはず。私だって今冷静になって考えたら、バカだったなって思うくらいなんだし。分別のある大人が、まさかノリで飲み友達と結婚なんてありえない」
自分に言い聞かせるようにして考えを巡らせると、考えれば考えるほどに、ノリで結婚は通常ありえないというところに行きつく。
「師匠だもん、十四も年上だし、大人だし大丈夫……きっと、気が付いて出さないでいてくれるはず。頼みます神様!」
万葉は何度も何度も言い聞かせて、そしてリラックスミュージックを流しながら眠りへとつく。大丈夫大丈夫、と言い聞かせて布団へともぐりこんだ。
「……師匠の字、きれいだったな」
婚姻届を書いている時の師匠の姿を、万葉はぼんやりと思い出していた。姿勢が伸びていて、美しすぎる文字は神々しく思えるほどだった。
婚姻届に名前を書くことは、一生に一回でいい。その経験をさせてもらったと思えば、万葉は何となく、くすぐったいような浮ついた気持ちになった。
(師匠と結婚していたら、どんな感じだっただろう?)
師匠とは不思議と気が合う。適度な距離感に、真摯な態度。お酒の飲み方も大人で、食べ物の趣味もぴったりだった。
未だにかなりモテるとマスターが言っていたのを思い出し、そりゃあ、あの顔面に態度に雰囲気だったら、くらっとする女性は多いだろうと妙に納得していた。
おまけに、年が離れているようには全く見えない外見に、整った顔立ちと着流し姿からは、大人の色気を感じる。その妙に色気のある雰囲気に、優しいまなじりの泣きぼくろがおしゃれなのた。
「師匠とだったら、結婚しても良いかもしれない。なーんてね。そんなわけないない」
そう考えてしまった瞬間、急に今までの飲み友達から、大人の男性として意識してしまい、恥ずかしくなる。万葉は首をぶんぶんと横に振ると、師匠の残像を瞼の裏側から追い出した。
酔っぱらっていたわけではないのだが、差し出されて書いてと言われたから書いた。そんな勢いで、万葉は婚姻届に名前を書いた。お酒の力もあったのは確かだが、まさか彼氏もろくに居なかった自分が、こうあっさりと結婚をするとは思っていなかった。
「待って待って待って! そもそも、私、恋愛すっ飛ばしたいって言ったけど、苗字も知らなかった人と……!?」
万葉は居酒屋を出て、いつも通りに師匠と途中まで並んで歩いて帰り、シャワーを浴びて我に返ったときにぞっとした。
彼氏に二股をかけられていたことに、全くもって気がつかないでいたことがあり、それ以来万葉は、恋愛は向いていないと思っていた。なので、結婚はできないし、しないと思っていたのが、結果は違った。
「待って待って待って……! いまさらながらよく考えたら、けっこうまずいんじゃ……!?」
熱いシャワーを浴びているはずなのに、身体がどんどんと冷えていく。冷や汗がどっと全身から出てきて、心臓がバクバクと音を立てた。
「そうだ、今ならまだ大丈夫……師匠は、明日市役所に届け出るって言っていたし!」
居酒屋に連絡を入れようかと思ったのだが、もう閉店時間を過ぎていた。さらに、悪いことに師匠の連絡先を、万葉は知らない。
「バカなの、私……? いやこれ、どう考えてもバカだよね、私が……」
急きょ明日休みを取って、市役所で待ち伏せするという案を考えたのだが、それで師匠が来なかったらお笑いで無駄な有休消化になる。
どうしたものかと思ったのだが、ふと我に返った自分を感じて、万葉は深呼吸をした。
「そうだ、お酒の席だったし、師匠も冗談だってきっと明日には気が付くはず。私だって今冷静になって考えたら、バカだったなって思うくらいなんだし。分別のある大人が、まさかノリで飲み友達と結婚なんてありえない」
自分に言い聞かせるようにして考えを巡らせると、考えれば考えるほどに、ノリで結婚は通常ありえないというところに行きつく。
「師匠だもん、十四も年上だし、大人だし大丈夫……きっと、気が付いて出さないでいてくれるはず。頼みます神様!」
万葉は何度も何度も言い聞かせて、そしてリラックスミュージックを流しながら眠りへとつく。大丈夫大丈夫、と言い聞かせて布団へともぐりこんだ。
「……師匠の字、きれいだったな」
婚姻届を書いている時の師匠の姿を、万葉はぼんやりと思い出していた。姿勢が伸びていて、美しすぎる文字は神々しく思えるほどだった。
婚姻届に名前を書くことは、一生に一回でいい。その経験をさせてもらったと思えば、万葉は何となく、くすぐったいような浮ついた気持ちになった。
(師匠と結婚していたら、どんな感じだっただろう?)
師匠とは不思議と気が合う。適度な距離感に、真摯な態度。お酒の飲み方も大人で、食べ物の趣味もぴったりだった。
未だにかなりモテるとマスターが言っていたのを思い出し、そりゃあ、あの顔面に態度に雰囲気だったら、くらっとする女性は多いだろうと妙に納得していた。
おまけに、年が離れているようには全く見えない外見に、整った顔立ちと着流し姿からは、大人の色気を感じる。その妙に色気のある雰囲気に、優しいまなじりの泣きぼくろがおしゃれなのた。
「師匠とだったら、結婚しても良いかもしれない。なーんてね。そんなわけないない」
そう考えてしまった瞬間、急に今までの飲み友達から、大人の男性として意識してしまい、恥ずかしくなる。万葉は首をぶんぶんと横に振ると、師匠の残像を瞼の裏側から追い出した。
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