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第七章

第53話

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「まったく、なにをやらかしたんだ!?」
「痛っ、いたいって!」

 診察室から、俺の悲鳴が漏れた。別にこの外科の〈ひし爺〉の腕が悪いわけじゃない。俺の傷がヤバかっただけだ。

「十七にもなって、まーた悪さか!」

 目の前では医者のひし爺がカンカンに怒っている。息子のタカさんは、さっき撮ったレントゲン写真とにらめっこしていた。

「あの中年オヤジだけじゃなく、蒼環も破損しとるぞ」
「老人に中年とか言われるとなんか微妙だな……っていうか、塩原さん骨折してるの?」

 俺が驚くとタカさんが噴き出すように笑った。

「聞いてなかったのかな? 塩原さんは左足骨折。で、蒼環くんは肋骨にヒビ。じっとしていればじきに治るよ」
「げぇ……」

 どうりで痛いわけだ。何度か岩肌に思い切り身体をぶつけたときを思い出す。ぞわりと鳥肌がたった。

「蒼環もあの中年も入院じゃ!」
「ええっ!?」

 声を出した痛みに、俺はその場でうずくまった。ぷんぷんしているひし爺の横で、タカさんの気持ちのいい笑い声が聞こえてくる。

「そんなにひどくはないから大丈夫。腕も脇腹の傷も、縫うほどじゃなかったし」

 タカさんがカーテンを開けてくれて、俺はそこから外へ出される。

「少しそこの椅子で待ってて。それから、あんまり村のみんなを心配させたらだめだからね」

 ぽんぽんと頭を撫でると、タカさんは診察室へ戻っていった。

 あの奇跡の光景を見たあと、俺は滝つぼの脇にいたぼろぼろの塩原を担いで下山した。

 意識が飛んでいるのか、塩原は眠ったようになっていたが、心臓はしっかり動いていた。

 下山すると、家族みんなが心配していた。満身創痍で朝帰りの俺たちを、俺の家族はびっくりしながら迎え入れた。

 家族だけじゃない。

 茅野も成神家に集合して帰りを待ってくれていた。

 母は「心配したんだから」と言って、泣きそうな顔をしていた。いつも鬼のような顔でおっかない母の、そんな顔は初めてだった。慌てた父が、治療院に電話をしている。遥もタオルや救急箱を取りに走っていた。

 椅子に座っていた俺に向かって、泣きはらした目をしている茅野が飛びついてきたのを鮮明に覚えている。

「茅野、ただいま」
「おかえり、成神くん」

 そこで俺の記憶はぷつんと途切れたようになくなってしまった。

 疲れ切って寝ていたらしい俺は、病院に到着するとひし爺に怒られながらの診察となったわけだ。

 村人たちは、俺たちのことを自分の子どものようにかわいがってくれる。

 入院の手続きや荷物を整えてくれたあと、タカさんの「心配ない」という言葉を信じて、親父も母さんも帰っていった。

 祭りの後片付けができなくて申し訳なかったが、誰も俺のことを怒ったりしなかった。

「茅野さんからは事情を聞いたよ。蒼環、また落ち着いたら話そう」

 よく見ると、親父も目の下にくっきりとしたクマがある。心配してくれていたんだろう。返事をすると眠気に襲われて、俺はそのまま寝てしまっていた。

「もうっ!」

 ものすごく怒った川田の声で、俺は目を開ける。

「心配したんだから、バカ!」
「おいこら、寝てるかもしんねぇだろ!」

 上杉の声まで聞こえてくると、個室の扉が勢いよく開いて川田と上杉がなだれ込んできた。

 起き上がるとヒビが痛むので、俺は川田と上杉に向かって手をあげる。

「ナル!」
「ちょっとナル、亜子から聞いたわよ。浩平よりはましだと思っていたけどあんたも相当なバカね!」

 川田はまくしたてたあと、いきなりぶわっと撒き散らすように涙を出した。

 これには隣にいた上杉が度肝を抜かれていた。

「え、あ、琴音!?」
「バカ! いくらなんでも夜に山をほっつき歩くなんて大バカよ!」

 さすがに俺も身体を起こした。

「あーっと……悪かったって」

 川田の泣き声が病室に充満した。彼女は本気で心配していたんだろう。俺に代わって上杉が川田に謝りながら慰めているという、奇妙な光景になっていた。

 視線を感じて入り口を見ると、茅野がこっそり覗き込むようにしていた。

 川田の怒鳴り声といきなりの号泣にびっくりしたのだろう。どうしていいのかわからないという顔で、病室の扉の取手を掴んでいた。

 おいで、と手招きすると、恐る恐る入ってくる。

「ごめん、みんな」
「なんでナルが謝るんだよ」
「心配させすぎたと思って」

 茅野の目からいつの間にか涙が溢れ出していた。

「わ、茅野まで泣くなよ!」

 上杉は川田と茅野に泣かれておろおろしている。

 あまりにも普通の日常過ぎて、俺は笑ってしまった。

「いててて……」

 肋骨をかばうようにうずくまると、首に温かいものが巻きついてきた。

 目を開けると茅野の髪の毛が見える。少し伸びたかななんて思いながら、俺は茅野の背に手をまわした。
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