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第五章
第39話
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茅野の姿を見ると、俺の心臓はだんだん落ち着きを取り戻した。
「おはよっ! 茅野お前、セミは大好きで大好きでたまんないよな?」
上杉は茅野を引っ張って座らせ、強引にうなずかせようとしている。
「え……と?」
茅野は状況を理解できていない。当たり前だ。唐突すぎる。
「だから、セミは好きか? セ、ミ!」
茅野は言われたことのすべてが理解できていない顔をしていた。
仕方なく、俺は上杉の通訳をすることにした。
「夏休み中に遊ぶ計画を立てているんだ。それで、山にセミを採りに行きたいらしいんだけど、どう思う?」
「セミ? 捕まえるの?」
茅野がそう言った瞬間、上杉が今にも絶叫しそうな表情になる。
「茅野! お前、セミ採りの重要さをまるで理解していない! なんて不幸な少女なんだ!」
上杉はけっこう本気らしく、飛びつかむ勢いで茅野に迫っている。素早く茅野がよけたので、上杉は勢い余って俺に体当たりしてきた。
「……お前さ、ちょっと落ち着けよ」
俺が上杉をなだめている間、茅野は窓辺まで逃げていた。
蝉へのパッションが強すぎる上杉にびっくりしていたようだが、俺たちのやり取りを聞いたあと、くすりと笑った。
「セミ、大丈夫だよ。私でも捕まえられる?」
茅野のおかげで俺はやっと上杉から解放された。
「さっすが、茅野! よくわかってるじゃん。それじゃあ、話が早い! 次は川だ!」
茅野がテーブルまで戻ってきて、俺と上杉の間に座った。
彼女はいつもと変わらない。俺は内心ほっとしていた。
……もう会えないかもしれないと、本当は心のどこかで危惧していたんだ。
それから夏休み全部の計画を立てるのに、ゆうに一時間以上かかった。それもこれも、上杉がいちいち無駄な反応をしすぎたからだ。
気がつけば、とっくに昼になっていた。
「なあ、腹減んない?」
「空いた」
「うん」
俺たちの体力は限界だ。テンションが上がりすぎて暴れそうな上杉を、二人だけで抑えるのは至難の技だ。
「俺、食いもんなんか取って来る」
上杉が出て行って、今日初めて茅野と二人きりになった。
俺が疲れて床に寝そべっていると、茅野が覗き込んできた。
「ねぇ、成神くん」
「ん?」
「この間は、ごめんね」
「そのことなんだけど……」
しばらく沈黙が続いたあと、俺はゆっくりと半身を起こした。
「俺こそ、悪かった」
茅野の頭にいつものように手を置く。髪の毛の感触がやけに懐かしかった。
「今年の祭りで、斎主をすることにしたんだ」
「え……?」
「伝統は終わらせない。俺がきちんと引き継ぐ」
聞いた瞬間、茅野は泣きそうな顔になった。
「茅野。祭りに来ない?」
「いいの、私が行っても」
「いいよ。茅野にも村のこと見てほしいから」
茅野の瞼に、みるみる涙がたまってきた。なぜか俺は笑ってしまって、彼女の頭をポンポン撫でる。
「私が……私のせいなのに」
「違うよ。護岸工事は茅野のせいじゃない」
まだ、川を埋めてしまうことに対して気持ちがついてきているわけじゃない。だけど、だからといって悲観している場合じゃない。
「おかげで、俺にできることをやろうと思ったんだ。茅野。俺、鯉も祭りも好きだよ」
茅野がこっちを見た。俺は彼女の真っ赤になった目元を手のひらで拭いた。
「だから、お祭りに来てよ」
「わかった」
茅野がやっと微笑んでくれて、俺は心の底から安堵した。
その時、ドアの向こうで、ちょうどよく上杉が「開けてくれ!」とわめいた。扉を開けると、お盆いっぱいに食べ物を載せた上杉が立っていた。
「どら焼きと、ピザの残りと、カップラーメンと、なにこれ、草もち?」
自分で持ってきて、どうやらよくわかっていないようだ。カップラーメンには丁寧にお湯が注がれている。温めてくれたのか、ピザも湯気が立っていた。
昼食を済ましてから立てた計画は無謀なもので、ほとんど毎日みんなと顔をあわせるという感じになりそうだ。
これでは学校があってもなくてもあんまり変わらない。
上杉が思いつく限りの遊びを紙に書くと、ペンの書き込みによってどんどん白いところが無くなっていく。
「……さすがに、川田の意見も入れたほうがよくないか?」
「ああそっか。琴音のこと忘れてた」
上杉はすぐさま川田に電話をして事情を説明し始める。
「っていうことだから、無理な日があったら教えて。早く言わないと、ほとんど毎日予定入れちま……あれ? 切られた?」
上杉がすべて言い終わらないうちに、川田は電話を切ったようだ。何度かけてもつながらなくなった。
「俺、なんかまずったか?」
もしかすると、茅野のことで川田はわだかまりを感じているのかもしれない。
どうリアクションすべきか困っている俺と茅野をよそに、上杉は「まあいっか」と能天気な様子だ。
「おはよっ! 茅野お前、セミは大好きで大好きでたまんないよな?」
上杉は茅野を引っ張って座らせ、強引にうなずかせようとしている。
「え……と?」
茅野は状況を理解できていない。当たり前だ。唐突すぎる。
「だから、セミは好きか? セ、ミ!」
茅野は言われたことのすべてが理解できていない顔をしていた。
仕方なく、俺は上杉の通訳をすることにした。
「夏休み中に遊ぶ計画を立てているんだ。それで、山にセミを採りに行きたいらしいんだけど、どう思う?」
「セミ? 捕まえるの?」
茅野がそう言った瞬間、上杉が今にも絶叫しそうな表情になる。
「茅野! お前、セミ採りの重要さをまるで理解していない! なんて不幸な少女なんだ!」
上杉はけっこう本気らしく、飛びつかむ勢いで茅野に迫っている。素早く茅野がよけたので、上杉は勢い余って俺に体当たりしてきた。
「……お前さ、ちょっと落ち着けよ」
俺が上杉をなだめている間、茅野は窓辺まで逃げていた。
蝉へのパッションが強すぎる上杉にびっくりしていたようだが、俺たちのやり取りを聞いたあと、くすりと笑った。
「セミ、大丈夫だよ。私でも捕まえられる?」
茅野のおかげで俺はやっと上杉から解放された。
「さっすが、茅野! よくわかってるじゃん。それじゃあ、話が早い! 次は川だ!」
茅野がテーブルまで戻ってきて、俺と上杉の間に座った。
彼女はいつもと変わらない。俺は内心ほっとしていた。
……もう会えないかもしれないと、本当は心のどこかで危惧していたんだ。
それから夏休み全部の計画を立てるのに、ゆうに一時間以上かかった。それもこれも、上杉がいちいち無駄な反応をしすぎたからだ。
気がつけば、とっくに昼になっていた。
「なあ、腹減んない?」
「空いた」
「うん」
俺たちの体力は限界だ。テンションが上がりすぎて暴れそうな上杉を、二人だけで抑えるのは至難の技だ。
「俺、食いもんなんか取って来る」
上杉が出て行って、今日初めて茅野と二人きりになった。
俺が疲れて床に寝そべっていると、茅野が覗き込んできた。
「ねぇ、成神くん」
「ん?」
「この間は、ごめんね」
「そのことなんだけど……」
しばらく沈黙が続いたあと、俺はゆっくりと半身を起こした。
「俺こそ、悪かった」
茅野の頭にいつものように手を置く。髪の毛の感触がやけに懐かしかった。
「今年の祭りで、斎主をすることにしたんだ」
「え……?」
「伝統は終わらせない。俺がきちんと引き継ぐ」
聞いた瞬間、茅野は泣きそうな顔になった。
「茅野。祭りに来ない?」
「いいの、私が行っても」
「いいよ。茅野にも村のこと見てほしいから」
茅野の瞼に、みるみる涙がたまってきた。なぜか俺は笑ってしまって、彼女の頭をポンポン撫でる。
「私が……私のせいなのに」
「違うよ。護岸工事は茅野のせいじゃない」
まだ、川を埋めてしまうことに対して気持ちがついてきているわけじゃない。だけど、だからといって悲観している場合じゃない。
「おかげで、俺にできることをやろうと思ったんだ。茅野。俺、鯉も祭りも好きだよ」
茅野がこっちを見た。俺は彼女の真っ赤になった目元を手のひらで拭いた。
「だから、お祭りに来てよ」
「わかった」
茅野がやっと微笑んでくれて、俺は心の底から安堵した。
その時、ドアの向こうで、ちょうどよく上杉が「開けてくれ!」とわめいた。扉を開けると、お盆いっぱいに食べ物を載せた上杉が立っていた。
「どら焼きと、ピザの残りと、カップラーメンと、なにこれ、草もち?」
自分で持ってきて、どうやらよくわかっていないようだ。カップラーメンには丁寧にお湯が注がれている。温めてくれたのか、ピザも湯気が立っていた。
昼食を済ましてから立てた計画は無謀なもので、ほとんど毎日みんなと顔をあわせるという感じになりそうだ。
これでは学校があってもなくてもあんまり変わらない。
上杉が思いつく限りの遊びを紙に書くと、ペンの書き込みによってどんどん白いところが無くなっていく。
「……さすがに、川田の意見も入れたほうがよくないか?」
「ああそっか。琴音のこと忘れてた」
上杉はすぐさま川田に電話をして事情を説明し始める。
「っていうことだから、無理な日があったら教えて。早く言わないと、ほとんど毎日予定入れちま……あれ? 切られた?」
上杉がすべて言い終わらないうちに、川田は電話を切ったようだ。何度かけてもつながらなくなった。
「俺、なんかまずったか?」
もしかすると、茅野のことで川田はわだかまりを感じているのかもしれない。
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