恋のぼり *君と過ごした夏は大きな奇跡に包まれていた*

神原オホカミ【書籍発売中】

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第五章

第38話

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 *


 塩原とタイマンで話したあと、俺は熱中症のようなものになって家でぶっ倒れた。

 午後にやりたかったことも夕食も全部パスして、水をがぶがぶ飲んで氷枕をして寝られるだけ寝た。

 翌日にはすっかり良くなっていたから、ただの緊張疲れだったのだろう。念のため今日はゆっくりしようと思っていたところ、上杉から電話が来た。

 上杉はこのままじゃ夏休みを楽しく過ごせないと言い出し、彼の家に急きょ呼び出されていた。

「ナル! なんだよその顔! もっとしゃきっとしろ、まだ朝だぜ!」
「ちょっと昨日熱で倒れて」
「はあ、病弱か!?」

 上杉はかなり元気らしい。家に上がると、寝起きの上杉姉がいた。

「おはよ。あれ? 蒼環くんじゃない。久しぶり」

 寝起きの姉の顔は、弟の上杉ととてもよく似ている。

「おはよう。薫さんも夏休み?」
「そんな感じ」

 じゃあね、と言って、上杉姉は台所までふらつきながら歩いていった。上杉がやれやれ、という顔をしている。

「やっぱり似てるね」

 上杉の部屋に入って腰を下ろすと、俺は思い出し笑いをしてしまった。薫さんも上杉と一緒で、ちょっと色が浅黒くて笑うと愛嬌がある。

「そうか? でも、ナルんちもそれなりにそっくりだぜ」
「俺と、遙?」

 頷きつつ、上杉が散らかった机の上から紙とペンを探している。ペンが見つかる頃には、机がまた一段と汚くなっていた。

 俺が部屋の隅にある小さな折りたたみ式のテーブルを床に出すと、その上に上杉が紙とペンを置き、俺の正面にどかっと座った。

「じゃあまず、これからの一週間の計画。動けなくなるくらいまで遊びまくるぞ」
「それはちょっとやりすぎ。っていうか、その前に遊ぶって誰と?」
「俺と琴音とナルと茅野」
「えっと……」

 動揺している間に、上杉は「ここは、山登りだな。決定!」と勝手にスケジュールを組み始めている。

「次の週には川に行こうぜ」
「ちょっと、上杉。気が早いって。川田には茅野のこと話したのか?」
「おう。びっくりしてたみたいだけどな」

 さらっと言われて、俺のほうが目を丸くした。

「それで、川田はなんて?」
「別に、なんとも言ってなかったぞ」

 そんなものなのか? あれだけ村のことや文化について真剣に考えていた川田が、茅野の正体を知ってなにもないはあり得ない気がする。

「そういうナルこそ、茅野とは話しついたかよ?」

 ――そうだ、茅野。

 俺はまだ、肝心な茅野と話をしていない。

「まだだよ」
「じゃあ、今から茅野本人を召喚だ」
「はぁっ!?」

 俺が素っ頓狂な声を出した時には、上杉はすでに携帯電話を耳に当てていた。

「上杉ちょっと待てって!」

 俺が止めようとしたのを片手で阻止して、上杉は「もしもし~!」と大きな声を出している。

 斎主をすると決めたけれど、茅野と話す内容をまだまとめ切れていない。

 だが上杉は俺のことを待ってくれるはずもなく、電話に向かってけらけら笑っている。

「じゃあ顔洗って十分で来いよ。無理とか言うな、茅野ならできるっ! ナルもいるんでじゃあな!」

 なんなんだ、その『ナルもいるんでじゃあな』って!

 上杉を止めることができなかった俺は、もうなんだかいろいろとあきらめた。

「ナル。そんな顔すんなって。茅野来るってよ」
「わかったよ」

 このままじゃ話さないまま時間だけが無駄に過ぎていく。

 だから、上杉みたいな猪突猛進な性格の奴が近くに居てくれるのは、俺にとってはいいことなのかもしれない。

 しばらく二人で夏休みの計画を立てていた。三十分ほど過ぎたころだろうか。階段を上ってくる足音がした。

「……入ってもいい?」

 コンコン、というノックのあとに、小さな声が聞こえた。

 一瞬、俺の心臓が大きく脈打つ。茅野だ。

「ナル、しっかりしろって。麦茶のんで、深呼吸して!」
「大丈夫だから、あおるなよ」

 上杉は「どーぞー!」と大きな声で茅野の入室を許可した。

 ゆっくりとドアが開いて、隙間から覗き込むようにして茅野が顔をだす。

「おはよう」

 毎日会っていたのに、夏休みになって数日あわなかっただけで、ずっと会っていないような気分だ。
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