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第四章
第30話
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用事があるからと川田が先に帰ると、その後すぐに上杉が大声を出した。
「そういや、今日姉ちゃんの誕生日会やるんだった!」
準備してくると階下に降りて行ってしまったため、俺と茅野は二人っきりで勉強をすることになった。
だが、しばらくすると上杉に手伝いで呼ばれてしまう。
茅野に行ってきていいよと言われたので階下に行き、飾り付けが終わるころにはすっかり日が暮れかけている。
やっと上杉の部屋に戻ると、茅野は寝てしまっていた。立てている。
「俺、茅野の寝顔なんて初めて見た気がするぜ」
「俺だってそんなに見たことない」
「めっちゃレアだな」
上杉は寝ている茅野の姿を、珍獣を見るようにしげしげと眺めた。
「なあ、ナル」
「うん?」
「お前、茅野のこと好きだろ?」
突然、なにを言い出すんだ。
「は……?」
「え、違ったのか? 珍しいからさ、お前が他人に興味持つの。しかも女子」
「えっと……」
「茅野って、意外に男子に人気なんだよな。ちっさくて可愛いって言ってるやつもちらほらいるんだよ」
頭が真っ白になっていた。答えが見つからないまま、俺の思考はただただ空回りし続けている。
「おい、固まりすぎ!」
背中を思い切り叩かれて俺はむせた。一通り咳をし終わってから、俺は残っていたぬるい麦茶を飲み干すと、お盆の上に載せた。
「……俺、そろそろ帰るよ」
「じゃあ、茅野を起こさなきゃだな。おーい、茅野、起きろ~!」
「寝かしとけばいいだろ。ついでに、誕生日会に参加してもらえば?」
上杉の姉はいわゆる陽キャというやつで、騒がしいのが好きなタイプだ。しかし上杉は茅野を揺すりながら笑った。
「いい案だけど、一人で帰らせらんないからな。俺んちはみんなこのあと酒飲むし」
「上杉が送って行けばいいだろ」
「俺は酔っぱらった奴らを叩き起こすのと、片付けの係なんだよ毎年。最低だぜ」
「それは、ご愁傷様」
これ以上は無駄な押し問答になりかねないので、俺は自分の荷物を片付け始めた。
「ナルなら方向が一緒だからな。お、茅野起きたか?」
片方の頬に寝跡をつけて、茅野は起き上がって帰り支度を始める。だいぶ寝ぼけているらしく、あちこちにぶつかりそうになっていた。
「じゃあまたな」
上杉が門のところまで送ってくれて、俺と茅野は歩き出した。
「あっ! おーい、ナル!」
後ろから上杉のバカでかい声が追いかけてきた。振り返ると、上杉が門から身体を半分乗り出している。
「さっきのあれ、気にするなよ!」
「あー……」
俺は「わかった!」と大きく返事をして前を向く。
せっかく忘れていたというのに、「茅野のことが好き?」と訊ねられたのを思い出して、一人で気まずくなってしまった。
――俺が、茅野のことを好きかって?
わからない、というのが答えだ。
何度考えても明確なものが出てこなくて、思考はずっと停止したままだ。
それに、茅野が男子生徒たちに人気があるというのを初めて聞いた。小さくて可愛いというのは、なんとなくわかる。
ただ、クラスの男子たちが茅野を恋愛対象として見ているのかと思うと、俺は腹が苦しくなった。
中にはきっと、茅野に本気で恋心を抱いている生徒もいるだろう。思えば茅野はおとなしいが、都会生まれとあって村の生まれのみんなとは毛色が違う。
同じ制服を着ていようが、彼女から醸し出される雰囲気は、時おり洗練されているようにも思える。
茅野を好きな生徒がいる。それがなぜだか嫌だなと思ってしまっていた。
変な気分だ。クラスメイトのことも茅野のことも、別になんとも思っていないはずなのに。
いつの間にか、言い表せない気持ちでいっぱいになっていたし、かみ合わない感情の歯車に苛ついていた。
「……くん……成神くん、待って!」
呼ばれてはっとして立ち止まると、背中にごつん、となにかがぶつかる。
後ろを歩いていた茅野だ。俺の背中に激突したのが痛かったらしく、鼻に手をあててムッとした顔をしている。
「……あ、ごめん」
「早いってばっ」
茅野の息が切れている。どうやら俺は、かなり早足で歩いていたようだ。
俺の普通の歩く速度は彼女にとっては早足だ。それなのに俺は考え事をして歩いていたから、茅野にとっては競歩みたいになっていたらしい。
「ごめん、茅野」
茅野がじっとりとした視線を向けてくる。俺はその眼力に耐えられずに、気まずくてそっぽを向く。
「成神くんの家に行ってみたい」
「……え? なにを、突然」
早足だったのを責められるかと思ったのに、突拍子もないことを言われて困惑してしまった。
「行こうよ、いいでしょう?」
茅野は有無を言わさない様子で俺の手を引っ張ると、ずんずんと歩き出した。俺の家のほうへ、まっすぐ。
「ちょ、ちょっと、なに!? どうしたの、茅野?」
俺は引っ張られるまま歩くしかない。
「そういや、今日姉ちゃんの誕生日会やるんだった!」
準備してくると階下に降りて行ってしまったため、俺と茅野は二人っきりで勉強をすることになった。
だが、しばらくすると上杉に手伝いで呼ばれてしまう。
茅野に行ってきていいよと言われたので階下に行き、飾り付けが終わるころにはすっかり日が暮れかけている。
やっと上杉の部屋に戻ると、茅野は寝てしまっていた。立てている。
「俺、茅野の寝顔なんて初めて見た気がするぜ」
「俺だってそんなに見たことない」
「めっちゃレアだな」
上杉は寝ている茅野の姿を、珍獣を見るようにしげしげと眺めた。
「なあ、ナル」
「うん?」
「お前、茅野のこと好きだろ?」
突然、なにを言い出すんだ。
「は……?」
「え、違ったのか? 珍しいからさ、お前が他人に興味持つの。しかも女子」
「えっと……」
「茅野って、意外に男子に人気なんだよな。ちっさくて可愛いって言ってるやつもちらほらいるんだよ」
頭が真っ白になっていた。答えが見つからないまま、俺の思考はただただ空回りし続けている。
「おい、固まりすぎ!」
背中を思い切り叩かれて俺はむせた。一通り咳をし終わってから、俺は残っていたぬるい麦茶を飲み干すと、お盆の上に載せた。
「……俺、そろそろ帰るよ」
「じゃあ、茅野を起こさなきゃだな。おーい、茅野、起きろ~!」
「寝かしとけばいいだろ。ついでに、誕生日会に参加してもらえば?」
上杉の姉はいわゆる陽キャというやつで、騒がしいのが好きなタイプだ。しかし上杉は茅野を揺すりながら笑った。
「いい案だけど、一人で帰らせらんないからな。俺んちはみんなこのあと酒飲むし」
「上杉が送って行けばいいだろ」
「俺は酔っぱらった奴らを叩き起こすのと、片付けの係なんだよ毎年。最低だぜ」
「それは、ご愁傷様」
これ以上は無駄な押し問答になりかねないので、俺は自分の荷物を片付け始めた。
「ナルなら方向が一緒だからな。お、茅野起きたか?」
片方の頬に寝跡をつけて、茅野は起き上がって帰り支度を始める。だいぶ寝ぼけているらしく、あちこちにぶつかりそうになっていた。
「じゃあまたな」
上杉が門のところまで送ってくれて、俺と茅野は歩き出した。
「あっ! おーい、ナル!」
後ろから上杉のバカでかい声が追いかけてきた。振り返ると、上杉が門から身体を半分乗り出している。
「さっきのあれ、気にするなよ!」
「あー……」
俺は「わかった!」と大きく返事をして前を向く。
せっかく忘れていたというのに、「茅野のことが好き?」と訊ねられたのを思い出して、一人で気まずくなってしまった。
――俺が、茅野のことを好きかって?
わからない、というのが答えだ。
何度考えても明確なものが出てこなくて、思考はずっと停止したままだ。
それに、茅野が男子生徒たちに人気があるというのを初めて聞いた。小さくて可愛いというのは、なんとなくわかる。
ただ、クラスの男子たちが茅野を恋愛対象として見ているのかと思うと、俺は腹が苦しくなった。
中にはきっと、茅野に本気で恋心を抱いている生徒もいるだろう。思えば茅野はおとなしいが、都会生まれとあって村の生まれのみんなとは毛色が違う。
同じ制服を着ていようが、彼女から醸し出される雰囲気は、時おり洗練されているようにも思える。
茅野を好きな生徒がいる。それがなぜだか嫌だなと思ってしまっていた。
変な気分だ。クラスメイトのことも茅野のことも、別になんとも思っていないはずなのに。
いつの間にか、言い表せない気持ちでいっぱいになっていたし、かみ合わない感情の歯車に苛ついていた。
「……くん……成神くん、待って!」
呼ばれてはっとして立ち止まると、背中にごつん、となにかがぶつかる。
後ろを歩いていた茅野だ。俺の背中に激突したのが痛かったらしく、鼻に手をあててムッとした顔をしている。
「……あ、ごめん」
「早いってばっ」
茅野の息が切れている。どうやら俺は、かなり早足で歩いていたようだ。
俺の普通の歩く速度は彼女にとっては早足だ。それなのに俺は考え事をして歩いていたから、茅野にとっては競歩みたいになっていたらしい。
「ごめん、茅野」
茅野がじっとりとした視線を向けてくる。俺はその眼力に耐えられずに、気まずくてそっぽを向く。
「成神くんの家に行ってみたい」
「……え? なにを、突然」
早足だったのを責められるかと思ったのに、突拍子もないことを言われて困惑してしまった。
「行こうよ、いいでしょう?」
茅野は有無を言わさない様子で俺の手を引っ張ると、ずんずんと歩き出した。俺の家のほうへ、まっすぐ。
「ちょ、ちょっと、なに!? どうしたの、茅野?」
俺は引っ張られるまま歩くしかない。
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