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第三章
第23話
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「成神くん」
呼ばれて俺は下を向く。
「なに?」
「……痛いんだけど」
なんと俺は、茅野の細い手首をずっと掴んだままだったらしい。急いで離すと、茅野は手首を反対の手でさすった。
「ごめん」
「ううん。大丈夫だよ」
俺はもう一度茅野の手をとって、自分が握っていたところを見てみた。細いからぎゅっと握ってしまったようで、少し赤くなっていた。
「ほんとごめん」
「引っ張ってくれなかったら、私が一番に見つかっていたと思う。ありがとう」
俺たちが和んでいる間に、向こうでは川田がヒートアップしていた。
怒っているというのに、上杉がからかうから余計に川田がぷりぷりし始める。俺は一拍おくと、川田を呼んだ。
「なに?」
「上杉と遊んでないで、ここから出たほうがいいんじゃないかな?」
「遊んでないわよ! でもナルの言うとおりね。退散しましょう」
先ほどの学年主任と塩原という謎の人物の会話が本当なら、屋上には時々先生が煙草を吸いに来る。
俺たちは視察の時も含めて、偶然にもかち合わなかっただけなのだろう。
塩原という男には、見られていたかもしれないが。
「教室まで別々に逃げるわよ!」
俺たちは人がドアの向こうにいないことを確認し、屋上のドアを開けた。
静かに階段を下り、それから急いでばらばらに散った。
*
各々が思うルートを歩いて戻っていたのだが、俺と茅野は渡り廊下で合流してしまった。
並んで廊下を歩いていると、嘱託の先生に出くわす。ということは、職員会議は終わったということだろう。
「バスケ部は今日休みだよな。また寝過ごしたのか、成神は?」
嘱託の若い先生は俺を見るなり、苦笑いを浮かべた。
「残って勉強してました」
「嘘つくな。お前がそんなことするもんか」
肩をすくめると、先生は隣にいた茅野を見て驚き、そしてうなずきはじめる。
「ああ、そうか。そういうことか」
俺の背をぽんと叩くなり、「頑張れよ、青春」と訳のわからない一言を残し、ニヤニヤしながら通り過ぎていった。
ほっとして息を吐くと、隣で茅野が不思議そうな顔をしていた。
「岩本先生、どうしたの?」
付き合ってると間違われたようだが、それを茅野に説明して気まずくなるのも嫌だった。
「わかんない。どうしたんだろうね」
うまくはぐらかせたようで、茅野は不思議そうにしていたものの、それ以上はツッコんでこなかった。
教室に戻ると、すでに川田と上杉が椅子に座っていた。
「おかえり。ナルたちは見つかんなかったか?」
「いや、大丈夫だったよ」
嘱託の先生には、変に誤解されたがきっと問題ない。
「みんな、なにもなくてよかったわ」
全員が無事に戻ってこられたのだ。
どっと疲れが押し寄せてきて、溶けるように机に突っ伏した。
「…………なんか、ごめんな」
疲れと一緒に、謝罪の言葉が出てきた。
「どうした、ナル?」
「とんだ災難になっちゃったよなって思って」
もともと、無謀な計画だったのかもしれない。鍵が開いていることに、一つも疑問を持たなかったのも悪かったんだ。
「ごめんな」
俺が再度言うと、風の動く感じがした。見ると茅野が俺の手を握ってきた。どうしたんだろうと思っていると、その上に上杉と川田の手も乗せられた。
「楽しかったよ。ありがとう、成神くん」
茅野が手をぎゅっと強く握ってくる。川田がニヤニヤしながら上から押しつぶしてきた。
「楽しかったし、きれいな景色見られたからいいじゃない」
「琴音の言う通り。それに、誰だか知らんけど、あのおっさんのおかげで助かったんだし」
みんなの笑顔が見えて、自然と笑ってしまった。俺はなんだかほっとして「うん」とだけうなずいた。
「そういえば、あの人誰だったのかしら?」
学年主任と親しげに話していた『塩原』という人物。村に、そんな苗字はいなかったような気がする。
視線を向けられた俺は、なにも言わずに首を横に振った。
「あの人、昼に学年主任の先生と歩いていなかったっけ?」
茅野に同意を求められて、俺は記憶をたどる。
「そういえば、校内を案内している風だったな」
「ってことは、来客ってことで間違いないわね」
川田が腕組みを始めた。昼の時も先ほども『塩原さん』の顔をほとんど見ていないので、どういう人なのか見当もつかなかった。
「でもまあ、学年主任が案内するくらいだから……新しい先生とか?」
「これから赴任する学校で、立ち入り禁止場所で喫煙しねぇだろ」
「それもそうね。もしまた会えたらお礼を言ったほうがいいのかしら」
川田のそれには全員押し黙った。
呼ばれて俺は下を向く。
「なに?」
「……痛いんだけど」
なんと俺は、茅野の細い手首をずっと掴んだままだったらしい。急いで離すと、茅野は手首を反対の手でさすった。
「ごめん」
「ううん。大丈夫だよ」
俺はもう一度茅野の手をとって、自分が握っていたところを見てみた。細いからぎゅっと握ってしまったようで、少し赤くなっていた。
「ほんとごめん」
「引っ張ってくれなかったら、私が一番に見つかっていたと思う。ありがとう」
俺たちが和んでいる間に、向こうでは川田がヒートアップしていた。
怒っているというのに、上杉がからかうから余計に川田がぷりぷりし始める。俺は一拍おくと、川田を呼んだ。
「なに?」
「上杉と遊んでないで、ここから出たほうがいいんじゃないかな?」
「遊んでないわよ! でもナルの言うとおりね。退散しましょう」
先ほどの学年主任と塩原という謎の人物の会話が本当なら、屋上には時々先生が煙草を吸いに来る。
俺たちは視察の時も含めて、偶然にもかち合わなかっただけなのだろう。
塩原という男には、見られていたかもしれないが。
「教室まで別々に逃げるわよ!」
俺たちは人がドアの向こうにいないことを確認し、屋上のドアを開けた。
静かに階段を下り、それから急いでばらばらに散った。
*
各々が思うルートを歩いて戻っていたのだが、俺と茅野は渡り廊下で合流してしまった。
並んで廊下を歩いていると、嘱託の先生に出くわす。ということは、職員会議は終わったということだろう。
「バスケ部は今日休みだよな。また寝過ごしたのか、成神は?」
嘱託の若い先生は俺を見るなり、苦笑いを浮かべた。
「残って勉強してました」
「嘘つくな。お前がそんなことするもんか」
肩をすくめると、先生は隣にいた茅野を見て驚き、そしてうなずきはじめる。
「ああ、そうか。そういうことか」
俺の背をぽんと叩くなり、「頑張れよ、青春」と訳のわからない一言を残し、ニヤニヤしながら通り過ぎていった。
ほっとして息を吐くと、隣で茅野が不思議そうな顔をしていた。
「岩本先生、どうしたの?」
付き合ってると間違われたようだが、それを茅野に説明して気まずくなるのも嫌だった。
「わかんない。どうしたんだろうね」
うまくはぐらかせたようで、茅野は不思議そうにしていたものの、それ以上はツッコんでこなかった。
教室に戻ると、すでに川田と上杉が椅子に座っていた。
「おかえり。ナルたちは見つかんなかったか?」
「いや、大丈夫だったよ」
嘱託の先生には、変に誤解されたがきっと問題ない。
「みんな、なにもなくてよかったわ」
全員が無事に戻ってこられたのだ。
どっと疲れが押し寄せてきて、溶けるように机に突っ伏した。
「…………なんか、ごめんな」
疲れと一緒に、謝罪の言葉が出てきた。
「どうした、ナル?」
「とんだ災難になっちゃったよなって思って」
もともと、無謀な計画だったのかもしれない。鍵が開いていることに、一つも疑問を持たなかったのも悪かったんだ。
「ごめんな」
俺が再度言うと、風の動く感じがした。見ると茅野が俺の手を握ってきた。どうしたんだろうと思っていると、その上に上杉と川田の手も乗せられた。
「楽しかったよ。ありがとう、成神くん」
茅野が手をぎゅっと強く握ってくる。川田がニヤニヤしながら上から押しつぶしてきた。
「楽しかったし、きれいな景色見られたからいいじゃない」
「琴音の言う通り。それに、誰だか知らんけど、あのおっさんのおかげで助かったんだし」
みんなの笑顔が見えて、自然と笑ってしまった。俺はなんだかほっとして「うん」とだけうなずいた。
「そういえば、あの人誰だったのかしら?」
学年主任と親しげに話していた『塩原』という人物。村に、そんな苗字はいなかったような気がする。
視線を向けられた俺は、なにも言わずに首を横に振った。
「あの人、昼に学年主任の先生と歩いていなかったっけ?」
茅野に同意を求められて、俺は記憶をたどる。
「そういえば、校内を案内している風だったな」
「ってことは、来客ってことで間違いないわね」
川田が腕組みを始めた。昼の時も先ほども『塩原さん』の顔をほとんど見ていないので、どういう人なのか見当もつかなかった。
「でもまあ、学年主任が案内するくらいだから……新しい先生とか?」
「これから赴任する学校で、立ち入り禁止場所で喫煙しねぇだろ」
「それもそうね。もしまた会えたらお礼を言ったほうがいいのかしら」
川田のそれには全員押し黙った。
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