上 下
20 / 65
第二章

第14話

しおりを挟む
 宿題でもするかとカバンに手を伸ばしかけた時、大きな声で名前を呼ばれる。

「蒼環ー? 夕飯作るの手伝ってくれるー?」

 宿題を理由に断ろうかと思ったが、それでグチグチ言われるのも嫌なので大人しく従うことにした。

 手伝いと言ってもそれほど難しいことを要求されるわけではない。皿に盛ったご飯やみそ汁を机に運ぶくらいだ。

 夕食がちょうど出来上がったその時に、玄関の扉を開ける音がして妹の遥《はるか》が帰ってきた。

「ただいまー! お腹すいたー! 今日なに?」

 カバンは玄関に放り出してきたのだろう。俺はつまみ食いしようとする遙の襟首を摘んで阻止した。

「なにするの!」
「お前な、女子力って騒いでいるくらいなんだから、少しは磨けって」

 まだ幼さが残る瞳ににらまれたが、俺は知らんぷりをして妹の手をはたいた。遥との長年の攻防によって、俺の瞬発力は素晴らしい。

 俺がバスケ部なのは、身長だけでなくこの見事な瞬発力があるからだ。

「お母さん、お兄ちゃんが暴力してきた!」
「いいから手くらい洗ってこい」

 妹は俺にムスッとした視線を投げかけてから、渋々とダイニングを出て行った。

 妹がおてんばなのは昔からだ。本来ならおれの方がやんちゃに育ってもよかったはずなのに、小さい時からのお作法のせいで活動的ではなくなってしまった。

 代わりに、妹がばっちり活発に育っている。

 それに、後継ぎじゃない妹は自由が利くぶん、あまり怒られることがない。それは少々羨ましかった。

 第一子に生まれたものが跡継ぎになるという決まりのせいで、俺は男なのに成神の巫女の末裔になってしまっている。

 堅苦しさは、成長するにつれて増えている気がしていた。

 しばらくすると、洗面所からまだ乾ききっていない濡れた手を振り回しながら戻ってくる。

 俺がその水を拭かなきゃいけないんだぞ。そんなことはお構いなしに、遙は今度こそ、という顔をしている。

 俺は母の目を盗んで、から揚げを一つ彼女に渡した。こっそりしていたつもりだが、背中に目玉でもついているのか、母は気配を素早く察知した。

「あんたたちなにやってんのよ! 床が濡れてない? ちょっと蒼環、拭きなさい」

 ……やっぱり。

 俺は妹の手からこぼれた水を雑巾で拭く。遥はから揚げをほおばりながら、母の機嫌を損ねないようにお茶を淹れるのを手伝っている。

 こぼしそうだなと思っていると、案の定遥はあつあつのお茶をこぼしておまけに指先にかけてしまった。

 妹は基本的に不器用だ。たぶん人付き合いは上手いだろうけど。

「父さーん、ご飯!」

 遙が水で手を冷やしながら、シンクの前の窓を全開にして大声で親父を呼んだ。

 俺の隣の部屋が親父の書斎になっていて、父はそこでよく本に埋もれている。

 返事が聞こえ、ほどなくしてぼさぼさの髪の父が現われ、俺たちは食事の席に着いた。

「いただきます!」

 家族全員でこうして机に向かい合って夕食をとる。

 成神家では毎日このようなスタイルだ。誰かが遅くならない限り、できるだけ一緒に食べるようにしている。

 一族として結束感を持つという意味合いらしいのだが、作るのも片付けるのもいっぺんにできてエコだという説もあった。

 俺が食べようとしていたから揚げをことごとく遙が取りやがるので、俺は遙の取り皿にあったゆで卵を食べた。

「あ、お兄ちゃんのバカ!」
「遥が悪い」

 そんな恨めしそうな目で見たって無駄だ。俺のから揚げを取る遙が悪いんだ。

「肉ばっか食って、猛獣かお前は」
「育ち盛りなの」
「太るぞ?」

 遙が思い切り嫌な顔をした。ざまあミロと思っていたのだが、遥は意地になってから揚げをむしゃむしゃ頬張った。

「エネルギーは身長に使われるから、太らないし」
「遙、クラスで身長大きいほう?」

 から揚げを飲み込んだ遙は、当たり前でしょと言った。

「一六七もあるの私だけだって。バレーするにはいいんだけど」
「じゃあ一五〇って、やっぱり小さいのか……」

 独り言のつもりだったのに、声に出ていたらしい。母がくすくす笑いながら口を開いた。

「それはかわいらしいじゃないの」

 そうかな? と首をかしげつつ俺はから揚げをもぐもぐした。

「お兄ちゃんその子のこと見えてる? 私なんかでも見にくい身長だけど」
「けっこうぶつかるんだよな」

 茅野があまりにも近くにいると、時々見えていない時がある。それで衝突事故が多いのだ。

「……珍しいな、蒼環がクラスメイトの話するなんて」

 それまで黙っていた父が目を丸くした。

「今まで、ほとんど話したことがないんじゃないか?」

 みんな顔見知りの幼馴染に近いのだから、わざわざ話題にする話でもなかっただけだ。「そうだっけ」と適当にごまかし、俺は夕食を早めに切り上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスルーム

東城
青春
中学2年生の朝日の友達のエピソード。本作朝日シリーズのサイドストーリーです。 鶴見流星の章からややBL気味です。鶴見君はヤンキーで家庭環境最低なので、暴力表現ありです。

キミと僕との7日間

五味
青春
始めは、小学生の時。 5年も通い続けた小学校。特に何か問題があったわけではない、ただ主人公は、やけに疲れを感じて唐突に田舎に、祖父母の家に行きたいと、そう思ってしまった。 4月の終わり、五月の連休、両親は仕事もあり何が家族で出かける予定もない。 そこで、一人で、これまで貯めていたお小遣いを使って、どうにか祖父母の家にたどり着く。 そこで何をするでもなく、数日を過ごし、家に帰る。 そんなことを繰り返すようになった主人公は、高校に入学した一年目、その夏も、同じようにふらりと祖父母の家に訪れた。 そこで、いつものようにふらふらと過ごす、そんな中、一人の少女に出会う。 近くにある小高い丘、そこに天体望遠鏡を持って、夜を過ごす少女。 そんな君と僕との7日間の話。

【完結】桜色の思い出

竹内 晴
青春
 この物語は、両思いだけどお互いにその気持ちを知らない幼なじみと、中学からの同級生2人を加えた4人の恋愛模様をフィクションで書いています。  舞台となるのは高校生活、2人の幼なじみの恋の行方とそれを取り巻く環境。  暖かくも切ない恋の物語です。

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

twice dice

N&N
青春
これで良かったのかなんて疑問は 他人が抱くものじゃないな

It's Summer Vacation.

多田莉都
青春
中学3年生のユカは、成績が思うように伸びない日々が続いていた。 夏休み前の塾内模試の結果により、遂に最上位クラスのSクラスから落ちてしまった。 失意の底にあったユカは、塾からの帰り道に同じマンションに住む幼馴染のアカネ、リサと久しぶりに会う。 幼馴染といてもうまく笑うことのできないユカにリサが言った。 「じゃあ、明日、三人で遊びに行こうよ」

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦
青春
 とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。  人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

処理中です...