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第二章
第11話
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川田はふうと一息つくと、もう少し近づくようにと手招きする。頭をつき合わせるような形になったところで、川田は小さな声で話し始めた。
「三年前。隣町の山の所有者が、私有地の山を売りに出したの。でも、私有地の境界とか権利があいまいになっていたこともあって、この村の山まで間違って売りに出されちゃったらしいの」
初めて聞く話に、俺たちは息を呑んだ。
それだけなら特に問題はないように思えたが、川田はちょっと渋い顔になった。
「それで、その山の中を購入したのが、王手リゾート会社だったらしくて……区画整備するみたい」
川田の口調が、一気に不穏な響きを持った。
「山をゴルフ場にするリゾート計画が進んでるみたい」
上杉はそれを聞くなり一気に不穏な空気になった。
「は? なんだそれ」
川田は十面になりつつ「それで」と続ける。
「短冊川を埋めてしまうかもしれなくて……」
いつもの強気な彼女からは、想像もできないくらい悲痛な声音だ。
「そんなことをしたら、祭りができなくなるだろ!?」
上杉の確信をついた一言で、重たい沈黙が訪れる。
極めて普通にしようとしているのか、川田は手をパンとたたくといつもの調子に戻った。
「この話はここだけの秘密にしてね。特に浩平。あんた絶対に両親を問い詰めちゃダメよ」
「……やべぇな。俺、どうしていいかさっぱりわかんねぇ」
それはなにも、上杉に限ったことではない。川田がわざわざ話をしたのは、彼女自身が一人でそれを抱えきれなかったからだろう。
上杉も俺も、今聞いたことを「はい、そうですか」とすんなり理解することができなかった。
「ナル、ごめん。こんな話」
「川田が謝ることじゃないよ」
短冊川に関しては、成神家の存続にかかわってくる話だ。それを、両親が知らないわけがない。
おそらく村の未成年全員に対し、意図的にこのことは隠されているはずだ。
「話を屋上に戻すけど、公共のものを勝手に壊したり付け替えたりするのはダメ。諦めるのが早いと思うわ」
川田は勤めて明るい声で、屋上の鍵について言及し始めた。それでも、代案が思いつかないこともあって、重たい沈黙が続く。
先ほどの話のせいでみんな思考が鈍くなってしまっていた。
「ごめん。私が変なこと言ったから空気悪くしちゃったわね」
無駄に時計の秒針の音が耳につくなと思っていると、川田はため息とともに自身の頬を手でぱちぱち叩いた。彼女の頭に、上杉の手が乗っかる。
「いや、報せてくれて助かった。それに、琴音一人で抱え込めるような問題じゃねーしな」
ニカッと上杉が笑うと、川田はむくれつつも「まあそうなんだけど」と肩を落とす。
「ひとまず帰ろうぜ。たぶん、このままじゃらちが明かなそうだからな」
カバンを掴むと、上杉はさっさと教室から立ち去ろうとする。川田が慌てて身支度を整え始めた。
学校から伸びているいつもの一本道を歩いていく。
俺は大きく伸びをしながら欠伸をかみ殺した。周りは畑の真ん中に家があり、道路の左右には見渡す限り田んぼだ。
田舎の風景は、俺たちにとって日常すぎてつまらない。
のどかなのはいいけれど、同時に押し寄せるつまらなさは、高校生にとっては悪魔のようなものだ。
みんなで帰っているというのに、なんだか空気が重たいのは決して気のせいではない。
「おっし、競争だ! あの角っこまで誰が一番早いか勝負だ!」
気まずさを払拭するように大声を出したのは上杉だ。
「はあ? あんたなに言ってるの?」
「いいから、競争。位置についてー」
走るのなんて嫌だと言いたそうにしている川田の手を、問答無用で上杉が掴む。
「ちょっと、浩平!?」
「よーいどん!」
川田を掴んだまま、上杉は走り始めてしまった。加減はしているだろうが、すごい速さで二人が走り去っていく。
すると、取り残された俺を追い抜いていく影が見えた。
「三着もらっちゃうからね」
茅野がニヤニヤしながら走っていく。俺は三人の姿をしばらく見つめていた。先に走っていった川田と上杉は、もうすぐ角に到着する。
三番手には茅野。
こういう時一気にギアが入らないのだが、茅野が一瞬振り返ったのを見ると脚が動いた。
「めんどくさいな、もう……」
呟きながら俺も駆けだす。すでに上杉が一番乗りをしており、そのあと到着した川田が上杉をボコボコ叩くのが見える。
必死に走っている茅野の後ろを追って、追い抜く寸前で俺は彼女の手を取った。
茅野の驚いた顔が見えたが、そのまま一緒に走って三着同時ゴールする。
「せっかく成神くんに勝てそうだったのに」
「残念だな」
怒りが収まらない川田がいまだに上杉を叩いているが、上杉はいつもの調子で笑いながら彼女をなだめようとしていた。
「成神くんと上杉くんは、仲がいいんだね」
「まあ、腐れ縁っていうか……」
茅野は一瞬間をおいてから、ふーんと口を尖らせた。
「いいな」
「そう?」
「うん」
茅野がなにを考えているのか、俺にはよくわからない。俺と茅野はいつも一緒にいるわけじゃないから、お互いのことはまだまだ知らないことだらけだ。
茅野には独特の空気感がある。それか、幼馴染の俺たちのほうにあるのかもしれない。
「三年前。隣町の山の所有者が、私有地の山を売りに出したの。でも、私有地の境界とか権利があいまいになっていたこともあって、この村の山まで間違って売りに出されちゃったらしいの」
初めて聞く話に、俺たちは息を呑んだ。
それだけなら特に問題はないように思えたが、川田はちょっと渋い顔になった。
「それで、その山の中を購入したのが、王手リゾート会社だったらしくて……区画整備するみたい」
川田の口調が、一気に不穏な響きを持った。
「山をゴルフ場にするリゾート計画が進んでるみたい」
上杉はそれを聞くなり一気に不穏な空気になった。
「は? なんだそれ」
川田は十面になりつつ「それで」と続ける。
「短冊川を埋めてしまうかもしれなくて……」
いつもの強気な彼女からは、想像もできないくらい悲痛な声音だ。
「そんなことをしたら、祭りができなくなるだろ!?」
上杉の確信をついた一言で、重たい沈黙が訪れる。
極めて普通にしようとしているのか、川田は手をパンとたたくといつもの調子に戻った。
「この話はここだけの秘密にしてね。特に浩平。あんた絶対に両親を問い詰めちゃダメよ」
「……やべぇな。俺、どうしていいかさっぱりわかんねぇ」
それはなにも、上杉に限ったことではない。川田がわざわざ話をしたのは、彼女自身が一人でそれを抱えきれなかったからだろう。
上杉も俺も、今聞いたことを「はい、そうですか」とすんなり理解することができなかった。
「ナル、ごめん。こんな話」
「川田が謝ることじゃないよ」
短冊川に関しては、成神家の存続にかかわってくる話だ。それを、両親が知らないわけがない。
おそらく村の未成年全員に対し、意図的にこのことは隠されているはずだ。
「話を屋上に戻すけど、公共のものを勝手に壊したり付け替えたりするのはダメ。諦めるのが早いと思うわ」
川田は勤めて明るい声で、屋上の鍵について言及し始めた。それでも、代案が思いつかないこともあって、重たい沈黙が続く。
先ほどの話のせいでみんな思考が鈍くなってしまっていた。
「ごめん。私が変なこと言ったから空気悪くしちゃったわね」
無駄に時計の秒針の音が耳につくなと思っていると、川田はため息とともに自身の頬を手でぱちぱち叩いた。彼女の頭に、上杉の手が乗っかる。
「いや、報せてくれて助かった。それに、琴音一人で抱え込めるような問題じゃねーしな」
ニカッと上杉が笑うと、川田はむくれつつも「まあそうなんだけど」と肩を落とす。
「ひとまず帰ろうぜ。たぶん、このままじゃらちが明かなそうだからな」
カバンを掴むと、上杉はさっさと教室から立ち去ろうとする。川田が慌てて身支度を整え始めた。
学校から伸びているいつもの一本道を歩いていく。
俺は大きく伸びをしながら欠伸をかみ殺した。周りは畑の真ん中に家があり、道路の左右には見渡す限り田んぼだ。
田舎の風景は、俺たちにとって日常すぎてつまらない。
のどかなのはいいけれど、同時に押し寄せるつまらなさは、高校生にとっては悪魔のようなものだ。
みんなで帰っているというのに、なんだか空気が重たいのは決して気のせいではない。
「おっし、競争だ! あの角っこまで誰が一番早いか勝負だ!」
気まずさを払拭するように大声を出したのは上杉だ。
「はあ? あんたなに言ってるの?」
「いいから、競争。位置についてー」
走るのなんて嫌だと言いたそうにしている川田の手を、問答無用で上杉が掴む。
「ちょっと、浩平!?」
「よーいどん!」
川田を掴んだまま、上杉は走り始めてしまった。加減はしているだろうが、すごい速さで二人が走り去っていく。
すると、取り残された俺を追い抜いていく影が見えた。
「三着もらっちゃうからね」
茅野がニヤニヤしながら走っていく。俺は三人の姿をしばらく見つめていた。先に走っていった川田と上杉は、もうすぐ角に到着する。
三番手には茅野。
こういう時一気にギアが入らないのだが、茅野が一瞬振り返ったのを見ると脚が動いた。
「めんどくさいな、もう……」
呟きながら俺も駆けだす。すでに上杉が一番乗りをしており、そのあと到着した川田が上杉をボコボコ叩くのが見える。
必死に走っている茅野の後ろを追って、追い抜く寸前で俺は彼女の手を取った。
茅野の驚いた顔が見えたが、そのまま一緒に走って三着同時ゴールする。
「せっかく成神くんに勝てそうだったのに」
「残念だな」
怒りが収まらない川田がいまだに上杉を叩いているが、上杉はいつもの調子で笑いながら彼女をなだめようとしていた。
「成神くんと上杉くんは、仲がいいんだね」
「まあ、腐れ縁っていうか……」
茅野は一瞬間をおいてから、ふーんと口を尖らせた。
「いいな」
「そう?」
「うん」
茅野がなにを考えているのか、俺にはよくわからない。俺と茅野はいつも一緒にいるわけじゃないから、お互いのことはまだまだ知らないことだらけだ。
茅野には独特の空気感がある。それか、幼馴染の俺たちのほうにあるのかもしれない。
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