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第4章

第28話

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(――出口はこっちよね、ああ、合っているわ!)

 あちこち歩きまわった末、やっと自分が入ってきた出入り口が見えた。
 これで帰れると思ったところで、後ろからすみませんと声をかけられた。

「……はい?」

 振り返ると、四人の女の子たちがいた。
 真っ白のワンピース型の制服を着ていることから、ショッピングモールの隣にある女子高の生徒だと気がつく。
 彼女たちは有名人を見た時のように、頬を紅潮させてはしゃいでいる。月日を囲むように近寄ってくると目を輝かせた。

「あの、十条さんですよね?」
「そうだけど」

 迫られる勢いに気おされ、胃ぽ後ろに下がりながら答える。
 彼女たちは月日と会話したことが嬉しいらしく、きゃあきゃあ騒ぎ始めた。

(ちょっ……早く帰りたいのに……)

 いつもなら王子スマイルでかわすところだが、ここは彼女たちの目的と自分の状況を説明するべきだと踏みとどまる。

「俺になにか用――」

 月日の言葉は、彼女たちの黄色い悲鳴にかき消された。

「しゃべった!」
「話しかけてくれた!」
「本物よ!」

(まずい、会話が成り立たない!)

 きちんと話そうとまた口を開けると、それだけで悲鳴が彼女たちの口からほとばしる。

「ごめん、落ち着いてくれないかな?」

 顔を見るなり悲鳴を上げないでと累にさんざん言われたが、今なら彼女の気持ちがよくわかる。

「ここは騒いでいい場所じゃないし、俺も急いでて」

 彼女たちに月日の言葉が届いている様子はない。逃げるわけにもいかず困っていると、月日と同じ学校の女子生徒たちが入り口から入ってきた。
 同じ高校の生徒たちは、他校生に囲まれて困惑している月日にすぐに気づく。派閥のトップだと月日が気づいたときには、彼女たちはこちらに駈け寄ってきていた。
 月日はいつの間にか、六人の女子に包囲される形になっていた。

「ちょっと、お嬢様たち。十条くんになんの用?」
「私たち、十条先輩のファンなんです。よかったら、連絡先を教えてほしくて」

 私も、私もとこぞってお嬢様学校の生徒たちは携帯電話を取り出す。

「そういうのは――」

 困るからと月日が言うより先に、リーダー格の生徒が腕組みしながら「はあ?」と不機嫌そうな声を発した。

「ダメに決まってるでしょ。十条くんは連絡先を誰にも教えないんだから。わかったらとっとと帰りなさい」

 怖い他校の上級生に威嚇されて縮こまるかと思いきや、お嬢様たちは目をキラキラさせた。

「じゃあ、教えてもらえたらレアってことよね!?」
「うわ、すごいラッキーね」
「教えてもらおう!」

 きゃぴきゃぴし始める彼女たちに、同じ高校の生徒たちの空気がたちまち険悪になる。

(うわ、どうしよう……)

 上級生たちが言いがかりを言い始めてしまい、月日は内心焦った。
 どうにかしなくては、と止めに入ろうとしたところで、凛とした声が響いた。

「十条先輩?」

 見ると、累が立っていた。

「――……累っ!?」

 怖そうな上級生の派閥がいるのに、今ここで累の登場は確実にまずい。
 事態を悪化させかねないので、累に「あっちに行って」と視線で伝える。
 だが、はっきり言わないと伝わらない彼女に、目線で会話はできなかった。

「ここで一体、なにしてるんですか?」
「ちょっとね」

 月日が言葉を詰まらせると、累の名前を聞いた先輩たちが、彼女に詰め寄っていった。

「あんたが山田累ね。生徒会ってだけで十条くんにベタベタしてるんじゃないわよ」

 先輩は累の背の高さに一瞬びっくりしたようだが、気丈な態度で言い放つ。
 バトル開始のゴングの音が、月日の脳内で響いた。

(ま、まずい、止めないと!)

 月日は累に駆け寄っていったのだが、到着する前に彼女のほうが口を開いた。

「してませんよ。あなたたちの嫉妬による見間違いです」
「わーわーわー!」

 それ以上は言ってはダメだと思い、累の腕を掴む。

「累が悪者になる必要はない……ここは、ワタシがやらなきゃいけないところだよ」

 彼女にだけ聞こえる声で呟くと、累は肩をすくめた。

「で、どうにかできそうですか?」
「うっ……頑張ろうと思っているの。あなたと約束したから」

 自分のせいで大勢を巻き込んで傷つけていると理解したから、今こそ自分でどうにかしたい。

「ちょっと待ってね、方法を考えるから……」
「先輩の前向きなところは、尊敬できますよ」

 累の声は小さくてもよく響く。

「でも、ゆっくりでいいと思います」

 言うなり、累は女子たちの前に進み出た。

「十条先輩に恋するのは構いません。ですが、自慢するためなのなら、出直してください」

 累のきっぱりとした物言いに、女子生徒たちは固まった。

「それは恋愛感情ではなくて、ただの自己顕示欲です。十条先輩は見世物じゃありません」

 図星をつかれて、女子たちの間に気まずい空気が流れ始める。
 累はそれだけ言うと、後ろにいた月日に向き直る。

「行きましょう、先輩」

 月日の腕を掴むと、累はあっという間に彼を引っ張って外に連れ出した。
 店内に残された女子たちが、すぐに解散していくのが見える。それを確認しながら、自分を掴んでいる累の手のぬくもりに、月日は思わずきゅんとなった。

「累、ありがとう」

 お礼を言うと、彼女は小さくニコッと笑った。

「先輩は、悪役が似合いませんね」
「次からはもっといい悪役を目指すわ」
「そうしてください」

 累が、自分と向き合ってくれていることが嬉しい。
 本当の自分を知ってもなお、失望せずにいてくれるのが心強い。

「先輩、もう大丈夫ですか?」
「ええ。もう大丈夫」
「一人で帰れます?」

 それに月日は頷く。

「では、家に着いたら連絡してください。一応、心配なので」
「ふふふ、まるで騎士みたいね」
「そんなのになった覚えはありません」

 あったかい気持ちになりながら累と別れ、月日はバスに乗って悶々としてしまった。

(ほんとに騎士《ナイト》みたいだったわ、あの子……!)

 あのタイミングで現れて助けてくれるなんて、まるで累はヒーローだ。少女漫画では、ヒーローはヒロインのピンチを絶対助けてくれる。

(ああでもおかしい、それだとワタシがヒロインになっちゃうわね。ダメダメ、逆にならないと!)

 あの時の累の言葉も、月日の胸に響いていた。
 守ってくれた時の、凛とした姿が忘れられない。

「どうしよう……ワタシ、累のことすごく好きだわ……」

 月日は胸が苦しいまま帰宅した。
 その晩。告白を断る特訓どころではなく、月日は天天を抱きしめたまま眠れなくなってしまっていた。
 累とのメッセージのやり取りを何度も読み返し、胸がどんどん苦しくなっていく。
 こんな気持ちは初めてで、どうしていいのか、どうするべきなのか月日にはわからなかった。
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