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第2章

第16話

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 *

 生徒会長就任祝いのプレゼントの山が、だいぶ小さくなってきた頃。
 十条会長フィーバーは、収まりつつあって、月日としては元の日常に戻ってきた感じがしていた。
 だが、少々予定外のことも起こっている。

 ――累だ。

 彼女は大輔が呼び出した時に来て、やることを終わらせるとさっさと帰っていく。仕事はそつなくでき、覚えるのも早いので、大輔はかなり助かっている様子だ。
 しかし、月日は累がいると挙動不審になってしまっていた。
 一方累は、興味が無いと言った言葉通り、月日のことを一切気にしていない。
 彼女のあまりにも普通過ぎる態度が、なぜか月日の心をささくれ立たせていた。
 ついに昨日、「累なんて大っ嫌い!」と思ってもいないことを口走ってしまったのに、累は「そうですか。ありがたいです」という返答のあと、会計の作業に集中していた。
 こんな気持ちになるのは、月日は初めてだ。

「……累は今日もパンなのかしら?」

 その日の昼休み、月日は大輔と合流するとため息を吐いた。

「自分で見てこいよ。謝りたいんだろ? 大嫌いとか言ったこと」
「それができたら、苦労しないのよ……」

 もらってしまったラブレターを見せて、月日は両手で顔を覆った。

「お前さ、断ったほうがいいぞ」
「断ったの。でも押し付けられて……大輔、累のこと見てきてよ」
「は? なんで俺が」
「お願い! お願い。ラーメンおごるから。ね?」

 大輔は二杯だからな、とぷりぷりしながら学食に向かっていく。彼の後ろ姿を見送ってから、月日は呼び出された場所に歩を向けた。
 場所は、体育館の裏だ。
 告白されるとわかっていて、断ると決めているのに行かないといけないのはつらい。
 やはりそろそろ、本気で告白イベント自体を回避しなくてはならないと思っていた。
 待ち合わせ場所について、まだ相手が来ていないと確認すると、月日は腕を組んだ。

「はあ……累、ご飯ちゃんと食べたかしら……?」

 意図せず口をついて出た独り言に、月日はハッとして口元を押さえた。

(なんで累なのよ、なんで累のこと考えちゃうの、ワタシのばか!)

 累の残像を頭から追い払おうと、首を横に振っていると女の子が現れた。
 びっくりするほどかわいい女子生徒は、顔を赤らめながら月日に話しかけてくる。

(ああ、ごめんなさい……)

 世間話を二言三言かわしたあと、つきあってほしいと言われる。
 お決まりのパターンの告白を聞いていると、突然、クッキーをポリポリと食べながら微笑んだ累の顔がよぎった。

「――え!? なんで!?」

 思わず驚いた声を出してしまい、女の子がビックリした顔になる。

(あ、いけない。ワタシったら別のことを考えて……なんで今、累を思い出すのよっ!)

「え、なんでって言われても、付き合いたいなって。ずっと前から十条くんのこと好きだったし」
「ああっと、そうじゃなくて。その、違うんだ。そうじゃなくて……ごめん、本当に……」

 実は話を聞いていなくて、と続けようとしたのだが、「ごめん」という一言で女の子は自分がふられたと確信したようだ。

「やっぱり、だめよね。私なんて初めて話したのに。いきなり告白とかされたら、気持ち悪いよね」
「いや、気持ち悪くいはないんだけど、今俺、気持ちの整理がつかなくて」

 なぜこんなタイミングで、累のことを思い出すのか、月日は理解できていない。喧嘩したからだったとしても、意を決して自分のもとにやってきてくれた女の子の前で思い出すことじゃないはずだ。

「無理言ってごめんね。でも、もし私に興味を持ってもらえたら」
「う……ごめん、本当に――」

 聞いていなくてと続ける前に、女の子はま「ごめん」という月日の一言に悲痛な顔をした。

「こちらこそ、ごめんね。じゃあ、時間くれてありがと!」
「あっ……!」

 伸ばした手が宙をさまよう。その子を見送るだけで、月日はなにもできないままだった。
 月日はふうと息を吐くと、とぼとぼと教室に戻った。自分の椅子に腰を下ろすなり、月日は両手で顔を覆い隠す。
 しばらくして、食堂から戻ってきた大輔が月日のところにやってきた。

「おい月日、大丈夫か?」

 月日は心配そうな大輔の顔を指の隙間から見ると、首を横に振った。

「……ひどかった」
「なにがだよ?」

 周りにクラスメイトがいるので、月日は王子様モードのまま続ける。

「告白してくれたのに、俺、ちゃんと聞いてなくて」
「そりゃひでぇな」
「聞き逃したことを謝りたかったのに、告白自体を断ったと勘違いさせちゃって」

 大輔は渋い顔になった。

「どっちにしてもひどいな」
「累が……」

 彼女の名前を呟くなり、月日はハッとして両手を顔から外した。

「そういえば、累は今日もパンだった!?」

 大輔は驚いて椅子から転げそうになる。慌ててバランスを戻すと、やれやれ、と肩をすくめる。

「今日もパンだったぞ。ごっそり、ごっそり食ってた」

 両手を広げながら、累が食べていたパンの量を伝えてくれる。月日は眉を顰めるなり低く唸った。

「パンだのお菓子だの……野菜は食べてないの? 栄養偏るよね」
「野菜の入ってるパンも食ってたぞ」
「それじゃダメだって!」

 つい大きい声を出してしまい、月日は大輔を引っ張ると階段下のスポットに連れ出した。周りに誰もいないことを確認し、王子様モードを解除する。

「――ダメよ、そんなんじゃ足りないわ。今が食べ盛りの成長期でしょう!」
「お前、累ちゃんのおかんかなにかかよ?」
「違うわよ。でも食べ物偏りすぎ! しかも一人暮らしよね!? 大変だわ、家でも絶対お菓子しか食べていないに決まってる!」

 大慌てをしている月日の肩を、大輔がトンと叩いた。

「月日。昨日、累ちゃんに面と向かって嫌いって言ってたよな?」

 含みのある言い方に月日は身を縮めたが、大輔は肩を組んでくると、月日の首をグイっと羽交い絞めした。

「嫌いなんだよな?」
「そうよ、嫌いよ、嫌い!」
「じゃあさ、かまうのやめたら? なんで累ちゃんのことかまうの?

 それは、と口を開けた後、月日は首を大きくかしげた。

「なんでかしらね。嫌いなのに、憎まれ口しか言えないのに」
「嫌いなの? 謝りたいの? どっち?」
「あ、謝りたい……」
「お前本当にバカだな。自分でちゃんと話しかけろよ」

 大輔は月日のおでこに、盛大にデコピンをお見舞いしてきた。

「痛っ……だって、口きいてくれないじゃない!」
「月日が悪いんだよ。変に突っかかるから。普通にしてろよ」
「普通って言われても……普通にできないのよ、累の前じゃ!」
「それを人は恋って――」

 そのあと、大輔は口を閉じてゴホゴホせき込んだ。

「とにかく。累ちゃんにちゃんと謝れよ」

 月日はうんと頷いた。肩を大輔がポンと叩くと、予冷が鳴り響く。

「わかった。ちゃんと累と話するから。大輔、いつもありがとう」
「おう」

 キーンコーンとチャイムが鳴ってしまい、二人は慌てて教室に駆け戻った。
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