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第三章

第25話

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「そういえば、ずっと何も食べていないけど、平気なのよね?」

「ものすごくいまさらですが、大丈夫です。肉体がありませんから」

 食べ物を食べないとエネルギーにならない。それは肉体を持つ者たちだけの話であって、魂魄においてはそれは全く心配しなくていいようだった。

「ですが、魂魄だってエネルギーですからね。たまには充填しないといけません」

「どうするの?」

「パワースポットに行って一時間くらいぼうっとすれば大丈夫でしょう。千歳さんがもし疲れたらそうしましょう」

 千歳は、死神には負の感情がないとお稲荷さんが言っていたのを思い出し、ふと死神の手を握った。それに死神の方が、ほんの少し驚いた顔をする。

「どうか、しましたか?」

「……あったかい。パワースポット行かなくても、死神にくっついていれば大丈夫かも」

 それに死神は「それはよかったです」と優しく微笑んだ。整った顔立ちは、ふと和らぐととても柔和な印象だった。

「千歳さんは、いただきますの語源をご存知ですか?」

「……毎日言っている割には、知らないわね」

「命や恵みをいただきますという意味ですよ。命に対して感謝するから、丁寧な言い方をするんです」

 それに千歳は納得した。食べ物を食べなくても、お腹も空かなければ、何にも感じられない。匂いも感じたくても感じないので、目に入る食べ物が目の毒でしかない現状において、食べ物というのが、とても大事なものであったのだと感じられた。

「忙しくて、ただ流し込んでいるだけだったわ。食べないと死んじゃうから。でも、もう少し余裕を持って、それこそ感謝して食べていられたら……」

 死ななかったんじゃないのだろうか? ふとそんなことが頭をよぎる。しかし、いまさら後悔をしたところでとっくに後の祭りで、今すぐにどうにかできる問題ではなかった。

「身体に戻ったら、美味しいものを、身体にいいものを、たくさん食べてください。感謝の気持ちを、忘れずに」

「死神は、食べられないんだよね?」

「ええ、だから、うらやましいですよ。物質世界に生きるあなたたちだけの特権です。私たちにはないものです。ですから、ちゃんと食べてくださいね」

 死神が首をかしげる。まるで、分かった?とでも言いたそうなその顔に、千歳はしっかりとうなずいた。

 バスは、もうすぐ終点に着く。

 実家に近い景色が懐かしく、目に痛い。雪が目の中に入ってきたかのように、眩しくてキラキラしている景色を見る。

 海は寒空の下で水しぶきを上げていた。黒っぽい浜辺を、真っ白な雪が覆う。その雪と同じ白い波が、浜辺に白い糸を引いてまるで遊んでいるかのようだった。

 海の匂いは、記憶の中にある。

 吹き抜ける寒い風も、潮の香りも、記憶をたどって鮮明によみがえるその感覚を手繰り寄せて、千歳は終点で死神と一緒にバスを降りた。
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