20 / 46
第三章
第19話
しおりを挟む
発車のベルが鳴って、がたん、と大きく列車が走りだした。あまり人は乗っていない様子で、程よく静かに走り始める。
景色はすっかり畑と田んぼだけになってしまい、のどかな田舎の風景が広がる。どことなく、実家に近いものを感じ取って、千歳は気が引き締まる思いだった。
「ワープ、できなくて良かった。ワープしていたら、やっぱり心の準備ができないまま、帰っていたかもしれないわ」
「そうですか。心の準備……そうですね、そうかもしれません」
「どうしたの?」
いや、と死神が遠くの景色を見た。
「私たち死神は、人の死の瞬間に立ち会います。その記録を正しく管理するためです。しかし、そこに行くのにこうやって移動して行かなくてはならなかったら、我々は、死ぬ人の人生というものを考えてしまうでしょう」
「人が死ぬのを記録する。それを、一日に何回も繰り返すのよね?」
「そうです。そのたびに、あっちこっちに自分で移動しなくてはならなかったとすると、その人間の生に対して、色々と思いあぐねて、感情が発生する可能性もあります。そうすると、きちんとした記録が取れなくなるかもしれません」
「確かに、毎日何回も、人の死を確認して記録する仕事って……考えて想像するだけで地獄かも」
「私たち死神は、なので人の死があればそこに飛ぶことができます。それこそ、強制的にです。決められた死のスケジュール通りに、記録が済めば飛べるのです」
千歳は、眉をひそめた。
「確かに、感情が無い方がしっくり仕事できるかもね」
「よく考えると、私の仕事も難儀なものでしたね。私はてっきり、人間の方が難儀な人生を送っていることの方が多いかと思っていましたが」
そんなことないでしょ、と千歳が笑った。
「自分だけ苦しいとか、絶対そんなことないもん。自分だけなんでなんでって思っていたって仕方ないし。自分の方が難儀じゃないって、そんなの比べられるもんじゃないわね」
死神は千歳を見つめて、微笑んだ。それは、千歳が初めて見た、死神のまともな笑顔っぽい笑顔だった。
「死神、笑った……」
「そうですか? あなたに感化されたのかもですね。千歳さんは、百面相ですから」
「それ、褒めてるの?」
もちろん、と死神がまじめな顔で言うので、千歳はじっとりと死神の端正な顔を覗き込んだ。表情が乏しい死神からは、感情を読み取るのは難しい。犬や猫でさえ表情があるのに、この死神は全くと言っていいほどに表情筋が動かない。
「ん? 千歳さん、一体何を……?」
「何って、死神の顔を引っ張ってるのよ!」
「なぜです?」
「死神の表情筋の活性化よ! もう少し笑顔になったらもっと格好いいのに!」
「だ、大丈夫です! は、離れて……くださ」
死神が慌てたのが面白くて、千歳は大笑いをした。死神はメガネのブリッジを押し上げて、困った人だとでも言いたげに息を吐く。そして、大笑いする千歳を、しばらくは優しい目で見ていた。
景色はすっかり畑と田んぼだけになってしまい、のどかな田舎の風景が広がる。どことなく、実家に近いものを感じ取って、千歳は気が引き締まる思いだった。
「ワープ、できなくて良かった。ワープしていたら、やっぱり心の準備ができないまま、帰っていたかもしれないわ」
「そうですか。心の準備……そうですね、そうかもしれません」
「どうしたの?」
いや、と死神が遠くの景色を見た。
「私たち死神は、人の死の瞬間に立ち会います。その記録を正しく管理するためです。しかし、そこに行くのにこうやって移動して行かなくてはならなかったら、我々は、死ぬ人の人生というものを考えてしまうでしょう」
「人が死ぬのを記録する。それを、一日に何回も繰り返すのよね?」
「そうです。そのたびに、あっちこっちに自分で移動しなくてはならなかったとすると、その人間の生に対して、色々と思いあぐねて、感情が発生する可能性もあります。そうすると、きちんとした記録が取れなくなるかもしれません」
「確かに、毎日何回も、人の死を確認して記録する仕事って……考えて想像するだけで地獄かも」
「私たち死神は、なので人の死があればそこに飛ぶことができます。それこそ、強制的にです。決められた死のスケジュール通りに、記録が済めば飛べるのです」
千歳は、眉をひそめた。
「確かに、感情が無い方がしっくり仕事できるかもね」
「よく考えると、私の仕事も難儀なものでしたね。私はてっきり、人間の方が難儀な人生を送っていることの方が多いかと思っていましたが」
そんなことないでしょ、と千歳が笑った。
「自分だけ苦しいとか、絶対そんなことないもん。自分だけなんでなんでって思っていたって仕方ないし。自分の方が難儀じゃないって、そんなの比べられるもんじゃないわね」
死神は千歳を見つめて、微笑んだ。それは、千歳が初めて見た、死神のまともな笑顔っぽい笑顔だった。
「死神、笑った……」
「そうですか? あなたに感化されたのかもですね。千歳さんは、百面相ですから」
「それ、褒めてるの?」
もちろん、と死神がまじめな顔で言うので、千歳はじっとりと死神の端正な顔を覗き込んだ。表情が乏しい死神からは、感情を読み取るのは難しい。犬や猫でさえ表情があるのに、この死神は全くと言っていいほどに表情筋が動かない。
「ん? 千歳さん、一体何を……?」
「何って、死神の顔を引っ張ってるのよ!」
「なぜです?」
「死神の表情筋の活性化よ! もう少し笑顔になったらもっと格好いいのに!」
「だ、大丈夫です! は、離れて……くださ」
死神が慌てたのが面白くて、千歳は大笑いをした。死神はメガネのブリッジを押し上げて、困った人だとでも言いたげに息を吐く。そして、大笑いする千歳を、しばらくは優しい目で見ていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
降霊バーで、いつもの一杯を。
及川 輝新
ライト文芸
主人公の輪立杏子(わだちきょうこ)は仕事を辞めたその日、自宅への帰り道にあるバー・『Re:union』に立ち寄った。
お酒の入った勢いのままに、亡くなった父への複雑な想いをマスターに語る杏子。
話を聞き終えたマスターの葬馬(そうま)は、杏子にこんな提案をする。
「僕の降霊術で、お父様と一緒にお酒を飲みませんか?」
葬馬は、亡くなった人物が好きだったお酒を飲むと、その魂を一時的に体に宿すことができる降霊術の使い手だったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
動物に触ったら手を洗いましょう【短編詰め合わせ】
にしのムラサキ
ライト文芸
ドキッ!アルパカだらけの……なんでしょう。ウサギもいるよ!あとネコ。
動物が出てくる短編の詰め合わせです。
他で上げていたものに加筆修正したものです。
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる