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第一章
第5話
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「私は、八田千歳《はったちとせ》さん、つまりあなたの命が終わる瞬間を記録するために、上より派遣されました。他の死神はあまりしませんが、私は記録に行く前には必ずその人間のデータを調べてから行きます。どういう人生だったか、どういう終わり方をするのかを見てから行きます。なので、調べていたら、同じ人間の台帳が二冊出てきてしまった」
死神は少し困ったような顔をして、首をかしげた。
「それが、あたしと、もう一人の千歳さん?」
「そうです。私が慌てて調べ直していると、どうやら誰かが名前の読み仮名を間違って入力していたようで、そのミスに気付かないままになってしまっていたようです。そして、さっきの死神が派遣されていることを知って、私は大慌てで上に報告して現場へと向かったんですが、止める寸前であなたは死んでしまいました」
もう少し申し訳なさそうにしてほしいものなのだが、業務内容を淡々と伝えている目の前の死神は、いかにも仕事をきちんとこなすタイプのように千歳には見えた。
「で、誰のミスなの?」
「調べていますので、お答えできかねます。ですが、本当に死ぬ予定だったのは、八田千歳《はちだちとせ》さんです。漢字も生年月日も一緒だったので、間違えてしまったのでしょう」
千歳は溜息を吐いた。紅茶を一気に喉の奥に流し込むと、熱い紅茶が喉を伝っておなかに流れ込んでいくのを感じた。――死んでいるのに。
「住所だって違ったでしょ。なんで気づかなかったんだろ?」
「私たちには住所というものの概念がありませんので、ただの入力ミスとして処理されたんでしょう」
神様たちに住所という概念がないことに千歳は驚いた。
「だって、住所が違えば、郵便だって届かないじゃない?」
「私たちは思考を共有できます。ですから、その人間や神の情報があれば、その人がどこにいて何をしているのか瞬時に分かります。なので、あなたには間違って、八田千歳《はちだちとせ》さんに行くべきだった人生の情報が入ってしまっている可能性もあります。例えば、身に覚えがないようなことで、いきなり怒鳴られたり、褒められたりとかありませんでしたか?」
それを聞いて千歳は、まさかと思った。
自分がしたことではないのに、急に上司が怒ってくることはしょっちゅうあった。さらに、してもいないことを褒められることもあった。
――それが、まさかの人違いだったとは。
「その感じですと、心当たりがあるようですね。それは、私たちのミスです。八田千歳《はちだちとせ》さんが解消しなければいけないカルマまで、あなたが引き受けていた可能性があります。こんなこと、めったに起こらないことですから、私も少々困惑しております」
「その割には、困惑している顔じゃないけど……」
「私たちには、人間に備わっているような感情部分は乏しいのです。さっきのアロハシャツの死神は、まあ、その、人間よりの反応をするタイプということです」
いつの間にか外は夕焼けになっていて、カラスが鳴いていた。
「私には助手が二人います。とても優秀な助手です。彼らにこの案件の調べはつけさせますので、八田千歳《はったちとせ》さん。あなたは申し訳ありませんが、しばらくこのままで、私と一緒にいてください」
真面目な顔でそう言われた千歳には、その言葉が死刑宣告のようにさえ感じられた。
死神は少し困ったような顔をして、首をかしげた。
「それが、あたしと、もう一人の千歳さん?」
「そうです。私が慌てて調べ直していると、どうやら誰かが名前の読み仮名を間違って入力していたようで、そのミスに気付かないままになってしまっていたようです。そして、さっきの死神が派遣されていることを知って、私は大慌てで上に報告して現場へと向かったんですが、止める寸前であなたは死んでしまいました」
もう少し申し訳なさそうにしてほしいものなのだが、業務内容を淡々と伝えている目の前の死神は、いかにも仕事をきちんとこなすタイプのように千歳には見えた。
「で、誰のミスなの?」
「調べていますので、お答えできかねます。ですが、本当に死ぬ予定だったのは、八田千歳《はちだちとせ》さんです。漢字も生年月日も一緒だったので、間違えてしまったのでしょう」
千歳は溜息を吐いた。紅茶を一気に喉の奥に流し込むと、熱い紅茶が喉を伝っておなかに流れ込んでいくのを感じた。――死んでいるのに。
「住所だって違ったでしょ。なんで気づかなかったんだろ?」
「私たちには住所というものの概念がありませんので、ただの入力ミスとして処理されたんでしょう」
神様たちに住所という概念がないことに千歳は驚いた。
「だって、住所が違えば、郵便だって届かないじゃない?」
「私たちは思考を共有できます。ですから、その人間や神の情報があれば、その人がどこにいて何をしているのか瞬時に分かります。なので、あなたには間違って、八田千歳《はちだちとせ》さんに行くべきだった人生の情報が入ってしまっている可能性もあります。例えば、身に覚えがないようなことで、いきなり怒鳴られたり、褒められたりとかありませんでしたか?」
それを聞いて千歳は、まさかと思った。
自分がしたことではないのに、急に上司が怒ってくることはしょっちゅうあった。さらに、してもいないことを褒められることもあった。
――それが、まさかの人違いだったとは。
「その感じですと、心当たりがあるようですね。それは、私たちのミスです。八田千歳《はちだちとせ》さんが解消しなければいけないカルマまで、あなたが引き受けていた可能性があります。こんなこと、めったに起こらないことですから、私も少々困惑しております」
「その割には、困惑している顔じゃないけど……」
「私たちには、人間に備わっているような感情部分は乏しいのです。さっきのアロハシャツの死神は、まあ、その、人間よりの反応をするタイプということです」
いつの間にか外は夕焼けになっていて、カラスが鳴いていた。
「私には助手が二人います。とても優秀な助手です。彼らにこの案件の調べはつけさせますので、八田千歳《はったちとせ》さん。あなたは申し訳ありませんが、しばらくこのままで、私と一緒にいてください」
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