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第一章

第1話

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 あ、あたし死んだ――。

 そう思った次の瞬間、世界が真っ暗になって地面に身体を打ち付けた。胸に感じた激痛にうめく暇もなく倒れたおかげで、悲しみも恐怖もなかった。

 死ぬときに見ると言われた走馬灯さえ、見ている隙も与えてくれなかった、そんな二十六歳の冬。クリスマスまであと一週間だった。

 彼氏もいなかったし丁度いいか。そんな事を思って安らかに眠るはずだったのだが……。

「はあ? 記入ミス?」

「はい、そうなんですよ」

 倒れた床で目をつぶったのはいいのだが、天国の光も見えず、身体もなぜかほわほわと落ち着かない。お迎えの天使の声かと思いきや、聞こえてくるのは、二人の男性の声だった。

「ミスって言ってもなあ、この人間は今日この時間に死ぬって通達で、だから俺来たんだけど……」

「はい。ですが、この書類をご一緒に確認していただきたいのですが……――」

 なんともうるさいガサツな声と、穏やかで事務的な声が頭上で騒いでいた。

(あれ、死んだんだよね、あたし。さっき倒れて意識飛んだし。なんで、こんな男たちの事務的な会話なんて聞こえるのだろう。天使のお迎えのファンファーレじゃなくて……)

 千歳《ちとせ》がそう思っている間にも、二人の極めて事務的な会話が続いていた。大丈夫、落ち着いて深呼吸すれば聞こえなくなる。そう思って呼吸をしてみたのだが、死んでいるせいなのか実感がわかない。そもそも、身体の感覚がなかった。

(死ぬのって、こんな感じなの? 静かにお迎えがきて、目を開けたら天国じゃないの?)

 せっかく安らかに死んだはずなのに、イメージと違ったせいで、短気な千歳はすっかり頭に血がのぼって起き上がった。

「ちょっと、何なのあなたたち。勝手に人の部屋に上がり込んで、いざこざなら向こうでやってくれる?」

 見上げると、二人の男性が千歳の頭上で書類を見ていた。

 アロハシャツに茶髪の若い男と、それよりは少し年上に見えるが、精悍な顔立ちをしたスーツの男だった。

「ちょっと……なんで死んだのに、きれいな天使が迎えに来てくれないのよ」

 泣きそうになりながらそう呟いてみたのだが、男性たちは顔を見合わせてから、千歳を見るばかりだった。
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