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第3章 杏子と晴
第19話
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帰宅しようとしてマンションのエントランスに入った杏子の目の前に、晴がにっこり笑いながら立っていた。
「なにしてるの?」
「泊まりに来たの」
「だから、なんで?」
「俺が、あんこのご主人様だからに決まってるだろ」
杏子は慌てて晴の口を両手で塞いだ。
「バカ! ここで変なこと言わないでよ!」
エントランスにいた住人がこちらを気にしている様子なので、杏子は愛想笑いでごまかして晴を引っ張ってエレベーターに乗せた。
「こんな時間だし追い返さないけど、ほんとにやめてよね」
「やめてほしい?」
「当たり前でしょ。晴のわがままに付き合ってられないわよ」
部屋の鍵を開けて中に入ったとたん、後ろからついてきた晴に思い切り壁に押し付けるようにして詰め寄られた。
「晴、近いから」
「俺のこと嫌い?」
切なそうな目で覗き込まれて、言葉に詰まった。
「そんなことない」
晴のことを心の底から嫌いにはなれない。彼が杏子に向けてくるものの多くが独占欲だが、その中に本当に愛情が混じっているのを知っている。
晴の目元がふわりと緩んだ。
「じゃあ、俺のこと好き?」
「……好き、じゃない……」
杏子の気持ちは一言で言い表せるものではない。
晴の杏子いびりや強引すぎるところは嫌いだが、彼自体を否定しているわけではない。本当に嫌だったら、小さい時から一緒にいられるわけがないのだ。
「弟みたいな感じ。だから、嫌いでも好きでもない」
「その弟みたいなやつと、初体験をしたのはどこのあんこだっけ?」
杏子は、全身が発火するのではないかと思うほど熱くなった。
「知らない! 私は杏子であんこじゃない!」
「――きょうちゃん」
小さい時の呼び名を耳元で囁かれて、杏子は思わずびくっと反応した。晴が『あんこ』と呼ぶからみんなに忘れ去られてしまった、杏子のお気に入りのあだ名だ。
見上げると、勝ち誇ったような瞳と目が合う。
「『きょうちゃん』も俺だけのものだよ。嫌だったら抵抗しろ」
(ああ、意地悪だ……)
口づけがこんなに切ないものだということを、杏子は晴に教わった。あの時と同じように心臓が鳴りやまない。
晴はいつだってこうして杏子の思考を鈍らせる。強引に振り回して、杏子を放そうとしない。
そして、重たすぎる晴の言動の正体を、杏子はずっと気付いていないふりをし続けている。
強すぎる独占欲が、晴の特大の愛情表現だと知っているのは、世界で杏子だけだ。だから杏子は晴を拒否できない。
「きょうちゃん、大好き。絶対誰にもあげない。俺だけでいっぱいでいて」
あの日、晴と初めて繋がった時と同じように、杏子は晴の腕の中で力が抜けていった。
「なにしてるの?」
「泊まりに来たの」
「だから、なんで?」
「俺が、あんこのご主人様だからに決まってるだろ」
杏子は慌てて晴の口を両手で塞いだ。
「バカ! ここで変なこと言わないでよ!」
エントランスにいた住人がこちらを気にしている様子なので、杏子は愛想笑いでごまかして晴を引っ張ってエレベーターに乗せた。
「こんな時間だし追い返さないけど、ほんとにやめてよね」
「やめてほしい?」
「当たり前でしょ。晴のわがままに付き合ってられないわよ」
部屋の鍵を開けて中に入ったとたん、後ろからついてきた晴に思い切り壁に押し付けるようにして詰め寄られた。
「晴、近いから」
「俺のこと嫌い?」
切なそうな目で覗き込まれて、言葉に詰まった。
「そんなことない」
晴のことを心の底から嫌いにはなれない。彼が杏子に向けてくるものの多くが独占欲だが、その中に本当に愛情が混じっているのを知っている。
晴の目元がふわりと緩んだ。
「じゃあ、俺のこと好き?」
「……好き、じゃない……」
杏子の気持ちは一言で言い表せるものではない。
晴の杏子いびりや強引すぎるところは嫌いだが、彼自体を否定しているわけではない。本当に嫌だったら、小さい時から一緒にいられるわけがないのだ。
「弟みたいな感じ。だから、嫌いでも好きでもない」
「その弟みたいなやつと、初体験をしたのはどこのあんこだっけ?」
杏子は、全身が発火するのではないかと思うほど熱くなった。
「知らない! 私は杏子であんこじゃない!」
「――きょうちゃん」
小さい時の呼び名を耳元で囁かれて、杏子は思わずびくっと反応した。晴が『あんこ』と呼ぶからみんなに忘れ去られてしまった、杏子のお気に入りのあだ名だ。
見上げると、勝ち誇ったような瞳と目が合う。
「『きょうちゃん』も俺だけのものだよ。嫌だったら抵抗しろ」
(ああ、意地悪だ……)
口づけがこんなに切ないものだということを、杏子は晴に教わった。あの時と同じように心臓が鳴りやまない。
晴はいつだってこうして杏子の思考を鈍らせる。強引に振り回して、杏子を放そうとしない。
そして、重たすぎる晴の言動の正体を、杏子はずっと気付いていないふりをし続けている。
強すぎる独占欲が、晴の特大の愛情表現だと知っているのは、世界で杏子だけだ。だから杏子は晴を拒否できない。
「きょうちゃん、大好き。絶対誰にもあげない。俺だけでいっぱいでいて」
あの日、晴と初めて繋がった時と同じように、杏子は晴の腕の中で力が抜けていった。
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