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9、天使様の涙
第64話
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天使様の苦悶に満ちた声が部屋中に響き、装飾や石の壁がガタガタ揺れる。
「――『人徳の鏡面』は傲慢を、『純潔の首輪』は色欲を。『慈愛のベルトバックル』は強欲を、『人徳のカフス』には嫉妬を、『理性の懐中時計』には怒りを」
ココは歌うようにつぶやいた。
「骨董遺物は、使いかた次第で善にも悪にもなるわ。彼らは生まれてからずっと、それらを吸い取って蓄えてきたの」
「まさかココ、このためにあの骨董遺物たちを使っていたのか?」
「そうよ。天使様にお届けしたくて」
ノアを見上げると、彼は姿を変えていく天使様を瞬きもできないまま見つめていた。
黒い煙がしゅうしゅうと音を立てて天使様に纏わりつき、皮膚を焼けこげさせていた。
『やめろ、やめるんだ!』
天使様の叫び声とともに、もやが消え去った。
「もう遅いわ」
そこに現れたのは、全身が黒鈍色になった天使様の姿だ。
まばゆい光は消え、闇がまとわりつくように身体を這っている。黄金色だった羽は、カラスよりも黒くどろどろとした液状になってひどい悪臭を発している。皮膚も髪も涙からさえ、金色の輝きは消え去っていた。
すると突然、天使様は唸り声をあげると頭を抑えた。
額からめりめりと皮膚を押し破って出てきたのは、鋭利で真っ黒な二本の角だ。天に向かって伸びたかと思うと、後ろにぐにゃりと湾曲して収まる。
天使は痛みに唇を噛んでいるが、長く伸びた犬歯が刺さってどす黒い血が流れた。
『小娘、お前……!』
天使様の真っ赤な瞳が殺意を含んでこちらに向けられる。
ココは艶やかに笑った。
「――ようこそ。このどうしようもない世界へ、堕天使様――」
黒くただれた姿になった元天使様は、怒りに目を血走らせてこちらに手を伸ばそうとする。しかし、手首に巻かれた枷と鎖によってそれは叶わなかった。
彼の首についていた飾りは形を変え、堕天使となった身体を拘束している。ベッドから一歩もこちらに出ることは叶わない。
『…………許さない!』
「いいわよ、許さなくて。私もあなたを許していないもの」
『わたしは天界の者だぞ!』
「もう違うわよ。堕天したのだから。これ以上、国民の命はあげないわ」
天の国から来たというのなら、なぜ人民の命を糧にするのか。
なぜ、骨董遺物などを作らせて、国をめちゃくちゃにしたのか。
人々を救いもせず、いくつもの命を食いつぶし、己の私欲のために消耗したのはなぜなのか。
その疑問の答えを、ココはもう知りたくもない。
姿は天使だったとしても、中身は悪魔と変わらない生き物だ。そんなものの言い訳を聞いたところで、なに一つココの心に響くわけがない。
「人の醜い欲望を喰らって伸びるその角が、あなたの頭蓋骨を突き破るまで、千年の眠りについていなさい」
ココはベッドの横に転がってしまった黄金色の骨董遺物たちを拾い上げて、丁寧に抱きしめた。
彼らはこの日のために蓄えていた膨大な邪悪な欲を放出したおかげで、作られたばかりの時のように自ら発光して輝いていた。
「ありがとうあなたたち」
ココはノアの手を引くと部屋の扉の前まで来た。
『小娘、地獄の果てまで追い回してやるからな!』
「私の名前はココ・シュードルフよ。あなたが地獄に来た時には、一番に出迎えてあげるから覚えておきなさい。その時は煮るなり焼くなり好きにすればいい」
堕天使が真っ黒な涙を流しながら吠えるが、その衝撃波は石造りの頑丈なカラクリ扉によって封じられる。
あとには、なにもない石の壁があるだけだった――。
「――『人徳の鏡面』は傲慢を、『純潔の首輪』は色欲を。『慈愛のベルトバックル』は強欲を、『人徳のカフス』には嫉妬を、『理性の懐中時計』には怒りを」
ココは歌うようにつぶやいた。
「骨董遺物は、使いかた次第で善にも悪にもなるわ。彼らは生まれてからずっと、それらを吸い取って蓄えてきたの」
「まさかココ、このためにあの骨董遺物たちを使っていたのか?」
「そうよ。天使様にお届けしたくて」
ノアを見上げると、彼は姿を変えていく天使様を瞬きもできないまま見つめていた。
黒い煙がしゅうしゅうと音を立てて天使様に纏わりつき、皮膚を焼けこげさせていた。
『やめろ、やめるんだ!』
天使様の叫び声とともに、もやが消え去った。
「もう遅いわ」
そこに現れたのは、全身が黒鈍色になった天使様の姿だ。
まばゆい光は消え、闇がまとわりつくように身体を這っている。黄金色だった羽は、カラスよりも黒くどろどろとした液状になってひどい悪臭を発している。皮膚も髪も涙からさえ、金色の輝きは消え去っていた。
すると突然、天使様は唸り声をあげると頭を抑えた。
額からめりめりと皮膚を押し破って出てきたのは、鋭利で真っ黒な二本の角だ。天に向かって伸びたかと思うと、後ろにぐにゃりと湾曲して収まる。
天使は痛みに唇を噛んでいるが、長く伸びた犬歯が刺さってどす黒い血が流れた。
『小娘、お前……!』
天使様の真っ赤な瞳が殺意を含んでこちらに向けられる。
ココは艶やかに笑った。
「――ようこそ。このどうしようもない世界へ、堕天使様――」
黒くただれた姿になった元天使様は、怒りに目を血走らせてこちらに手を伸ばそうとする。しかし、手首に巻かれた枷と鎖によってそれは叶わなかった。
彼の首についていた飾りは形を変え、堕天使となった身体を拘束している。ベッドから一歩もこちらに出ることは叶わない。
『…………許さない!』
「いいわよ、許さなくて。私もあなたを許していないもの」
『わたしは天界の者だぞ!』
「もう違うわよ。堕天したのだから。これ以上、国民の命はあげないわ」
天の国から来たというのなら、なぜ人民の命を糧にするのか。
なぜ、骨董遺物などを作らせて、国をめちゃくちゃにしたのか。
人々を救いもせず、いくつもの命を食いつぶし、己の私欲のために消耗したのはなぜなのか。
その疑問の答えを、ココはもう知りたくもない。
姿は天使だったとしても、中身は悪魔と変わらない生き物だ。そんなものの言い訳を聞いたところで、なに一つココの心に響くわけがない。
「人の醜い欲望を喰らって伸びるその角が、あなたの頭蓋骨を突き破るまで、千年の眠りについていなさい」
ココはベッドの横に転がってしまった黄金色の骨董遺物たちを拾い上げて、丁寧に抱きしめた。
彼らはこの日のために蓄えていた膨大な邪悪な欲を放出したおかげで、作られたばかりの時のように自ら発光して輝いていた。
「ありがとうあなたたち」
ココはノアの手を引くと部屋の扉の前まで来た。
『小娘、地獄の果てまで追い回してやるからな!』
「私の名前はココ・シュードルフよ。あなたが地獄に来た時には、一番に出迎えてあげるから覚えておきなさい。その時は煮るなり焼くなり好きにすればいい」
堕天使が真っ黒な涙を流しながら吠えるが、その衝撃波は石造りの頑丈なカラクリ扉によって封じられる。
あとには、なにもない石の壁があるだけだった――。
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