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9、天使様の涙

第62話

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 国の重鎮たちがランフォート城に集まったあの夜以来、ファインデンノルブ王国は再生に向かって動き始めていた。

 以前と違うのは、レオポルドの傍若無人なふるまいによって、彼の求心力が驚くほど落ちていることだ。

 さらに、ダンケンとモルートも前ほどの覇気はなくなり、お互いにぎすぎすしたままだ。

 下手なことをすると、骨董遺物に死刑宣告をされるとわかっているため、彼らは日に日にやつれているのが見て取れる。

 そして、目と舌の一部を失くしたティズボンは、それでも議会に引っ張り出されている。自傷行為が止まらないため、椅子に縛り付けられながら出席する姿は哀れだった。

 そんな中、レオポルドは突然ココに一世限りの『聖公爵』の位を授けた。もちろんそれに反対するものは誰も居なかった。

 それに伴う組織編制で、ココは聖職貴族として別格の地位を得、ノアとともに『相談役』に大抜擢された。

 レオポルドは耳を貸すべき相手をきちんと理解し、実行したのだ。

 国王を筆頭に、ダンケンやモルートがノアとココを異常に崇敬するものだから、その空気はどんどん伝播していく。以前からの評判も相まって、国民たちが二人を敬愛するようになるのにそれほど時間はかからなかった。

 二人の言動のすべてが、驚くほど尾ひれをつけて噂として広まり、今や聖人君主のように思われている。

 王侯貴族よりも国民たちから信頼され、二人の立場は今や、国王よりも上に近いと言っても過言ではなかった。

 レオポルド以下ダンケンもモルートも、すでにお飾りに近い彼らの評判は、日に日に悪くなる一方だった。

 穏やかな森と湖に囲まれたランフォート城のテラスで、本日二人はティータイムを楽しんでいた。

「ねぇ、ノア。王様にならなくて本当によかったの?」

 この結果を望んだのは、ココではなくてノアだ。

 てっきり彼は玉座を望むと思っていたが、ココの予想に反し権力には髪の毛一本ほども興味がないらしい。

「面倒なことは嫌いだし国なんてどうでもいいんだ。ココと一緒に居るほうがわたしにとって大事だから」

 国王ともなれば通常でも忙しいが、これほどまでめちゃくちゃになった国を立て直さなくてはならないのだから、自分の時間がもてるわけもない。

 ノアは国よりもココとの毎日を迷いなく選んだ。

「君にひどいことをした奴らが、傅いて言うことを聞く姿を見るのは爽快だしね。ココもそう思うだろ?」

「……私だったら、顔も見たくないから消しちゃうわよ」

「あはは、たしかにそうだね」

 憎い王族と重鎮たちの心をずたずたに引き裂き、暗くつらい生活を送る姿を見ることをノアは生涯の復讐とした。

 彼らが悩み苦しむ姿は、ノアにとって素晴らしい絶景となる。

 そういう訳で、彼が王族の血を引いているというのは、ココ以外誰にも知られていない。

 一方、王家の血筋はレオポルドで絶えるだろうことが予想された。今はまだそれに触れていないが、いずれは問題が大きくなってくるはずだ。

 国の指導者をめぐってこの先争いが起き、みんなが頭を悩ませるだろう。腹の内の探り合いに、醜い争いが勃発するのは間違いない。貴族とはそういう生き物だ。

 だからノアは自分が王族の末裔であることを、墓場まで持っていくつもりだ。

 お互いを蹴り落とそうとする彼らを観察するのを、これから先の楽しみにしている。

「それに、わたしは王宮よりもランフォート城のほうが気に入っているんだ」

「そうね。この城のほうが美しいし、優秀な人材がそろっているもの」

 ランフォート城は景勝地としても名高く、景色はいつだって素晴らしかった。

 凪いでいる湖面を見つめつつ紅茶を一口飲んでから、ココはノアをちらりと見やった。

「もしもノアが国王になる選択をしていたら、このあとはどうしていたかしら?」

「そうなっていたら、ココがどうしたいか相談するよ」

 なるほど、とココは頷く。

「ちなみに私の本心は……根底から覆したいって思っているわ」

「ココは十分苦しんだからね。君がわたしに命じることならなんでもするよ」

 ココは立ちあがるとノアの前に立ち、彼の手をそっと握った。

「最後まで私と一緒に居てくれる? この国が消えるとしても」

 ノアは優しい笑顔になってココの手を握り返した。

「愚問だよ。わたしはいつだって、ココしか選ばない」

 それを聞くとココは彼に抱きついた。ノアが慌てるのがわかるが、かまわずにぎゅっと抱きしめる。

「大好き、ノア」

 ノアはしばらく狼狽えていたが、ゆっくりとココの背に手を回して抱きしめた。
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