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9、天使様の涙
第61話
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今にも斬りかかろうとしているダンケンとレオポルドの間に、素早くココが割って入った。
「いけません、ダンケン様。王家の血筋が途絶えてしまいます」
「しかし、今もなお国民に対してひどい罪を犯しているんだぞ!」
「お前が言えたことか、ダンケン!」
レオポルドが顔を真っ赤にして大声をだすと、モルートまでもが「そうだぞ! 自分だけ助かるつもりだろ!」と言い争いになる。
ココは「やめてください!」と場を鎮めた。
「……たとえどんなに罪があったとしても、今ここで陛下を亡き者にするのはいけません!」
涙ながらに声を発したココに、みんなが徐々に冷静になってくる。
すでにレオポルドの親族はすべて極刑になっており、正当な後継者は残っていない。
王家に次ぐといわれるシュードルフも壊滅状態の上、名家であるフレイソン公爵家もティズボン一家もほぼ消滅している。
今ここでレオポルドが死に、そして内政がこれ以上混乱すれば、国民はさらに苦しむことになる。
「内戦になりかねません。もしも王がいないと国外に知られれば、攻め入られることも。そうなった時、この国はあっけなく消滅してしまいます」
「なら、このままこいつに王を続けろというのか?」
「そうです」
きっぱりとココは言い放つ。
「ダンケン様もモルート様も、ティズボン宰相も。この国を愛するのであれば、今こそ団結しなくてはなりません。怒りと恨みは、なにも生みません」
ココの力強い言葉に、ダンケンはしぶしぶ剣をしまった。
ダンケンが殺気を完全に消したのを確認すると、ココは地面に座り込んでしまっているレオポルドに手を差し伸べた。
「みんなで罪を背負いながら、この国を守っていくしかありません」
団結などできるはずがないのをわかっていて、ココはみんなの手を取り合う。
お互いを騙し合い、裏で姑息なことをしていたのを知った今、信頼などという言葉がこの空間に存在するはずもなかった。
それでも、ココはきれいな言葉と慈愛のこもった表情でそれを後押しする――彼らが生きている間中、苦しむのを見届けるために。
彼らはこれから先ずっと、相手を疑いながら生きていくことになるだろう。
誰が自分をいつ裏切るかわからない不安の中、いつ寝首をかかれるかわからない中、いつ処刑を言い渡されるかわからない中、全員が罪の意識とともに生きていかなくてはならない。
それはおそらく、今までとは天と地ほども差のあるつらい生になる。
逃げたくとも逃げられず、人生の残りすべてを疑心暗鬼の中でやりたくもない仕事に費やし、娯楽も息抜きもできないまま過ごすのだ。
戦場で常に敵国と対峙しているようなものだろう。国王と国の重鎮たちは、今後ただ仕事をこなすだけの、人格のない作業員と一緒だ。
レオポルドもダンケンもモルートも、曇った表情を隠せないままだ。
しかしココはノアも呼び寄せると、みんなで輪になって手を取り合う。
「必ず皆様のお役に立つように、ランフォート伯爵も私も力添えをいたしますから」
「ココの言う通り、今、仲間割れをするのは得策ではありませんね。かといって、罪が消えるわけではありません。今までの罪深い人生を戒めにしてもらいましょう」
なにか悪いことをしたらすぐに殺せますよ、という重圧をノアが発する。彼の威圧感だけでなく、周りににじり寄ってきている骨董品たちまでもが、無言の圧力をかけてくる。
モルート歯の音が合わなくなり、ダンケンが血の気が引いた顔をしていた。
「……シュードルフ令嬢。そなたの一族から大事なものを奪ったわたしたち王族を許すというのか?」
長い沈黙のあと、ためらうようにレオポルドが口を開く。それに対して、ココはとびきりの笑顔になった。
「もちろんです。私はこの国を愛していますから!」
レオポルドが手にしていた『理性の懐中時計』に手を伸ばし、ココは蓋をそっと閉じた。
「陛下が今後耳を貸すべきは、時計《これ》ではございませんわ」
耳に髪の毛をかけるふりをして着けていたイヤーカフに触れ、そしてノアに向き直る。ノアも耳に着けていたココと同じそれに触れた。
「誰の言うことが正しいか、みなさんもうおわかりですね?」
微笑んだココの姿は、みんなの目には守護天使と重なって見えたはずだった。ノアの姿も、初代ファインデンノルブ王に見えている。
光り輝く蝋燭の炎は天国の光に、宙を舞うドレスや甲冑たちは天使の軍勢として、彼らの脳に焼きつけられる。
今まさに、聖典に記されていた神話が目の前で広がっているのだ。
悪魔を打ち倒し天使と王が契約する様子を、時を超えて生身で体験していると錯覚しているレオポルドたちは、目から涙を溢れさせていた。
「――ああ、なんて素晴らしい……」
誓約書などなくとも、彼らの心はおのずとノアとココに忠誠を誓ってしまっていた。その証拠に、二人に向かってその場で全員が傅いていたのだった。
「いけません、ダンケン様。王家の血筋が途絶えてしまいます」
「しかし、今もなお国民に対してひどい罪を犯しているんだぞ!」
「お前が言えたことか、ダンケン!」
レオポルドが顔を真っ赤にして大声をだすと、モルートまでもが「そうだぞ! 自分だけ助かるつもりだろ!」と言い争いになる。
ココは「やめてください!」と場を鎮めた。
「……たとえどんなに罪があったとしても、今ここで陛下を亡き者にするのはいけません!」
涙ながらに声を発したココに、みんなが徐々に冷静になってくる。
すでにレオポルドの親族はすべて極刑になっており、正当な後継者は残っていない。
王家に次ぐといわれるシュードルフも壊滅状態の上、名家であるフレイソン公爵家もティズボン一家もほぼ消滅している。
今ここでレオポルドが死に、そして内政がこれ以上混乱すれば、国民はさらに苦しむことになる。
「内戦になりかねません。もしも王がいないと国外に知られれば、攻め入られることも。そうなった時、この国はあっけなく消滅してしまいます」
「なら、このままこいつに王を続けろというのか?」
「そうです」
きっぱりとココは言い放つ。
「ダンケン様もモルート様も、ティズボン宰相も。この国を愛するのであれば、今こそ団結しなくてはなりません。怒りと恨みは、なにも生みません」
ココの力強い言葉に、ダンケンはしぶしぶ剣をしまった。
ダンケンが殺気を完全に消したのを確認すると、ココは地面に座り込んでしまっているレオポルドに手を差し伸べた。
「みんなで罪を背負いながら、この国を守っていくしかありません」
団結などできるはずがないのをわかっていて、ココはみんなの手を取り合う。
お互いを騙し合い、裏で姑息なことをしていたのを知った今、信頼などという言葉がこの空間に存在するはずもなかった。
それでも、ココはきれいな言葉と慈愛のこもった表情でそれを後押しする――彼らが生きている間中、苦しむのを見届けるために。
彼らはこれから先ずっと、相手を疑いながら生きていくことになるだろう。
誰が自分をいつ裏切るかわからない不安の中、いつ寝首をかかれるかわからない中、いつ処刑を言い渡されるかわからない中、全員が罪の意識とともに生きていかなくてはならない。
それはおそらく、今までとは天と地ほども差のあるつらい生になる。
逃げたくとも逃げられず、人生の残りすべてを疑心暗鬼の中でやりたくもない仕事に費やし、娯楽も息抜きもできないまま過ごすのだ。
戦場で常に敵国と対峙しているようなものだろう。国王と国の重鎮たちは、今後ただ仕事をこなすだけの、人格のない作業員と一緒だ。
レオポルドもダンケンもモルートも、曇った表情を隠せないままだ。
しかしココはノアも呼び寄せると、みんなで輪になって手を取り合う。
「必ず皆様のお役に立つように、ランフォート伯爵も私も力添えをいたしますから」
「ココの言う通り、今、仲間割れをするのは得策ではありませんね。かといって、罪が消えるわけではありません。今までの罪深い人生を戒めにしてもらいましょう」
なにか悪いことをしたらすぐに殺せますよ、という重圧をノアが発する。彼の威圧感だけでなく、周りににじり寄ってきている骨董品たちまでもが、無言の圧力をかけてくる。
モルート歯の音が合わなくなり、ダンケンが血の気が引いた顔をしていた。
「……シュードルフ令嬢。そなたの一族から大事なものを奪ったわたしたち王族を許すというのか?」
長い沈黙のあと、ためらうようにレオポルドが口を開く。それに対して、ココはとびきりの笑顔になった。
「もちろんです。私はこの国を愛していますから!」
レオポルドが手にしていた『理性の懐中時計』に手を伸ばし、ココは蓋をそっと閉じた。
「陛下が今後耳を貸すべきは、時計《これ》ではございませんわ」
耳に髪の毛をかけるふりをして着けていたイヤーカフに触れ、そしてノアに向き直る。ノアも耳に着けていたココと同じそれに触れた。
「誰の言うことが正しいか、みなさんもうおわかりですね?」
微笑んだココの姿は、みんなの目には守護天使と重なって見えたはずだった。ノアの姿も、初代ファインデンノルブ王に見えている。
光り輝く蝋燭の炎は天国の光に、宙を舞うドレスや甲冑たちは天使の軍勢として、彼らの脳に焼きつけられる。
今まさに、聖典に記されていた神話が目の前で広がっているのだ。
悪魔を打ち倒し天使と王が契約する様子を、時を超えて生身で体験していると錯覚しているレオポルドたちは、目から涙を溢れさせていた。
「――ああ、なんて素晴らしい……」
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